スタジオフリーの物語

80年代を駈け抜け30年、ようやく過去の私と向き合う

私の軌跡ー7-<外伝>私的教育考-3

「県立普通高校」

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写真は、8年前ぐらい、たった一人の高校卒業式の長男と校長せんせ。

 

 

いやああ、

 

こんなに学校いくなんて、

 

自分が学生の頃より、長男の高校には呼び出されては、

通いましたわあああ。

 

毎学期、年3回+進級時1回+悪さしたとき。

 

親同士、同じ教室、体育館なもんで、

「うちら、呼び出しの親、皆勤賞だねええ。」

 

なんて、なごやか。

 

息子は、小4ぐらいから、中学3年2学期まで、

ほとんど、学校には行っておりません。

 

ふたりで、真面目に遊びに取り組んでいたり、

真面目にゾイド作っていったり、

古本屋に、珍しい本探しにいったり、

 

そんなふうに忙しいか、

または、私の希死年慮で寝込んでいたもんで、

 

学校なんか行ってる暇なくて。

 

攻略本とPSPとDSとカードデッキ背負った、

「にのみやきんじろうくん」みたい。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

息子の高校は埼玉県立高校の普通科です。

 

 

今もありますが、学校統合で、名称は変わり、

埼玉県立清風高校となっておるはず。

 

 

上の写真は、

 

「卒業できません。留年もできません。」状態で、

 

それは、息子たちが最後の代で、

県立鶴ヶ島高校がなくなるからなのでした。

 

 

えーーーーーーーー。

 

そうなると、俄然、張り切る私。

 

しかもね、

 

卒業できない理由でね、

 

3年次の「保健体育」が「1」以下の「*」だったから。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

鶴ヶ島高校の成績判定は、独特で、

 

中間期末のテストや内申で、1~10の数字で評価されなく、

 

まず、入試は作文と面接。

 

通知表の数字判定は、

25%=テストの点数 25/100点

25%=提出物(宿題など)の量 25/100点

25%=授業参加日数 25/100点

25%=授業態度(教員の判定、主任の判定、学校長の判定)25/100点

 

と、真面目に授業に出る、きちんと話を聞こうとする、提出物を出す。

これだけで、75点、おそらく10段階の7か8です。

 

 

この学校は、社会人としての基盤をつくる、挨拶する、遅刻をしない、

学校(会社)には来る、など、

 

勉強至上主義ではない、

私家族には、本当にありがたい高校でした。

 

多分ですが、その方針は清風に引き継がれているはずです。

 

 

 

それなのにね、

 

なんで、体育1以下??????????

 

体育だよ体育。

英語とかさ、数学じゃないの。

体育。

 

体育だけ、とにかくプール、マラソン、参加率ゼロ。

こと、3年のときは、さぼりまくって、体育だけゼロ。

 

 

多分、体育着なくした、とか、くだらない理由だと思うけど。

 

 

もうね、

 

なんとか春休みまで使ってもらって、

マラソンでタイム000秒きることができたら、

 

合格「1」をさしあげましょう。

 

 

ということになったのでした。

 

当然、普通の卒業式にはでられず、

ひたすら、14日間のマラソン練習。

これは、さすがに、鬼母となって、叱咤叱咤。

 

して、最終試験日、校庭に体育主任のせんせ。

 

ようい、スタート!

 

たったったったった、

はあはあはあはあはあ。

 

私もマラソン大嫌い。

毎度サボったし、今も走らないし。

 

と、まあ、、

 

とにかく、走りきりました。

 

あとは、結果は後日連絡します、とのこと。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

そして、

 

ぷるるるる、、、、、」電話。

 

 

「ーーーーーーーーーー!!!!!」

 

1だ1だ!!!

 

わーーーーいい!

 

1がとれたって、喜ぶ親ばか。

 

 

「直木賞受賞」の電話待ちとかさ、

「なにかの当選」の電話待ちとかさ、じゃないのよ。

 

 

通信簿の「1」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

でもって、桜散る4月、校長室。

 

担任のせんせ、1年2年でお世話になったせんせ、体育主任のせんせ、

教頭せんせ、校長せんせ。

 

みなさん、正装で来られ、校歌斉唱。

 

♪~~~~♪  

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

じーーーーーーーーーーん、じわじわ、涙。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「氏家理一郎くん。」

 

「はい。」

 

「何々何々。」以下同文ではない、全文を読み上げてもらい、

 

「平成00年4月0日、埼玉県立鶴ヶ島高校を卒業したことを証する。」

 

一同拍手!

 

先生方全員、涙。

 

だって、本当に、

 

創立何十年、

 

埼玉県立鶴ヶ島高校

 

一番最後の卒業生だから。

 

 

先生

生徒

親子

児童養護施設の職員の方。

 

 

全員が、感無量です。

 

 

こんなに素敵な、卒業式は、私自身も、初めてでした。

 

 

 

続く

私の軌跡ー6-3<ただいま>

居場所がほしい。

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ムサビ卒制の銅のレリーフ

 

居場所は、自分で選択、つくるものなのかもしれない。

 

少し大人になった私、20歳頃、

私には、「居場所」「逃避場所」があった。

 

それは、

 

ときとして、実家。

あるときは、赤羽の祖母、叔父の家。

また、あるときは、遊び仲間との時間。

あるときは、好きな異性との時間。

 

何県何市という特定された地名でないのは確か。

 

ひとによっては、

 

まだまだ実家ご健在で、

生まれ親しんだ、「その家、その両親そのもの」かもしれない。

 

 

もう、私も、54歳。

 

 

あと、20年もすると、

おそらく、年上の近親者は鬼籍にはいり、

ちょっと気分転換、昔回帰に、話がもりあがることができ、

いっときの寂しさから開放されていたものが、

 

少なくなってくる、、、

 

かもしれない。

 

 

ただ、

 

私は、すこし早くに、

居場所を見失ってしまっただけ。

 

 

 

前に書いたように、

さんざん、人に振りまわされ、人をふりまわし、

 

気が付いたら、息子と猫3匹だけだった。

 

猫はいまでも、同じ様相で、話をしてくれるし、

信頼もしてくれて、

身体のあちこちをなでたり、寄り添ったりしても、

嫌な顔ひとつぜずに、ごろごろと喉を鳴らしてくれる。

 

ああ、なんて癒されるんだろう。

 

15年以上、

 

私のすったもんだに付き合い、転居を繰り返してもなお、

私が彼らの「帰る場所」らしい。

 

 

私にも、かつて、帰る場所はあった。

 

 

「お母さん、なんか食べるものない?」

ただいまーとも言わず、お腹すいたーと、

もう1年も帰らず、電話が来ても、「もう、ちょっと今いそがしのっ!」と、

邪険に扱っていたにも、かかわらず、

 

母親は、

「もー、まったく、突然来てこれだから、困っちゃううんだけどねええ。」と、

にこにやにやしながら、

ご飯、味噌汁、がめ煮、鯖の味噌煮なんかを、

ちゃちゃっと、出してくれ、

 

「ふう」とかなんとかいいながら、

たばこを吸ったりしていた。

 

これを、「帰る」というのだろう、、、、

 

と、気が付いたのは、

 

すべてを、失ったときだった、

 

病気、怪我で、うしなうそれとは異なり、

 

私は、「失う選択」をしたのだから。

 

また、赤ちゃん時代からの、最初の社会生活。

親、兄弟。姉妹

 

これに、拒絶された、、、

 

いや拒絶したのは、、、、、、私だ。

 

みっともなさ、

不甲斐なさ、

姉としての威厳のなさ

 

これから逃げた。

 

 

のだと思う。

 

帰る場所をなくしたわたしは、悩み苦しみ、

そうして、得た結論。

 

「私が帰る場所になろう」

 

少なくとも、息子理一郎は、

実父との交流は皆無。

私がいなくなったら、息子は帰る場所を失う。

 

だから、私は家庭をつくりたい。

 

私が帰る、息子、娘が帰る、場所。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そんな折、

 

ある先生が言った。

 

「あなたは、困ると絵を書こうするんですね。」

 

そのときは、パートバリバリのほんまもんの主婦でしたから、

 

「いやいやいや、とんでもない!」と。

 

だって、上尾に来て10年。

未だに、私の素性を知るものはいない。

 

美大も、デザイン事務所も、一家離散も何も知らない。

 

それが、心地よいと思っていた。

 

 

思っていた。

 

 

おもっていた、、、、。

 

 

が、、、、内面の私は出たがっていた。

 

帰る場所に。

 

だから、今回は、素直に自分に聞いた。

 

どこに帰りたいか???

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

それは、自分に帰りたい。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ということ。

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

私の軌跡ー2-13

初めてのひとり暮らし

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普通自動車一種免許取得は、昭和57年3月、19歳でした。

 

この頃、私は、ひそかに目論みがあり、

卒業したら、「ひとり暮らし」絶対!!!!!!

 

4人姉妹に親二人に、インコ一羽。

 

ぴーぴー、ギャーギャー、うるさいったらありゃしない。

 

免許取得から、この↑ベージュ色の、旧型ファミリアの話は、

FBで、ブログ的に書こうとして、失敗、、、挫折。

 

まあ、ともあれ、

20歳になり、大人の仲間入り。

 

ムサビ短大、、、無事?、、、卒業。

 

とにかく、実家からは、電車でなかなか来られない、

まあまあ、近いような遠いような、

 

杉並区鷺宮の6畳一間、風呂なし、38000円のアパート。

 

勝手に契約してきましたの。

 

ふふふ。

 

これで、ようやく、ひとりの時間。

 

私だけの、

おやつも、

お風呂も、

トイレも、

ドライヤーも、

 

なにもかも、自分専用の空間が占拠できるうううううっと、

 

とっても、嬉しく、わくわく、引っ越しました。

 

荷造りは、母親が、あれもこれもと引っ張り出し、

一人目の旦那になるY君にトラック運転お願いして、

 

50個ぐらいのダンボール。

 

「おめーー、ひとり暮らしの量じゃねーやな。」と、言われつつ、

 

Y君助っ人、H君、えっさほいさと、

アパートの狭い部屋、ダンボールで、埋め尽くされました。

 

はい。

 

私は、自慢の?ファミリアで、後ろをとことこついて、、、。

 

「じゃーな。」と、、、、。

 

「じゃーーな。」と、ふたりは、

 

ダンボール置いて、缶コーヒー飲んで。

 

 

、、、、、、、、、、、、、。

 

 

しいーーーーーーーーーーん。

 

 

んんんん?

 

 

なんか、切ないぞ、寂しいぞ。

 

 

誰かがね、

 

がやがやいる環境の、

 

ひとりの時間、空間は快適なのよ。

 

たしか。

 

でも、、、、、、、、、、。

 

しーーーーーーーーーーん。。。。

 

いやああああ、ひとり暮らし、寂しいぞ!!!

 

と、初日は痛感いたしました。

 

ありゃ????

 

駐車場は?

 

ないや、ないや。

路上でいいや。

 

と、駐車場も借りず、ファミリアちゃんは、

アパート脇の、民家の脇に。

 

だって、実家に近くって、そこらへんに停めても、

 

まったく、ノープロブレムだったから。

 

 

 

いやいや、違いました、都内。

毎日、毎日、同じ民家に停めておりましたら、

 

「駐車禁止」と、手書きの紙が、ワイパーに。

 

でも、それを、ぽいっと捨てて、

何も気にせず、数ヶ月。

 

張り紙、ぽいっと。

張り紙、ぽいっと。

張り紙、ぽいっと。

張り紙、ぽいっと。

張り紙、ぽいっと。

 

したら、最後にゃ、

車のフロントガラスと、リアウインドー。

 

ガラス5枚に、

 

 

「駐車禁止」と、

 

怒りのこもった、

怨念のこもった、

 

まっかっかの、まっかっかのおおお、

 

?印の赤太い、マジックででっかく書かれてしまいましたとさ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「えーーーーーーーーーーーっ!」

 

 

しゃーない、、除光液で消そ!

 

 

と、マニキュアの除光液と、ティッシュで、

 

きゅっきゅ!!

きゅっきゅ!!

 

綺麗さっぱり、赤い駐車禁止のマジック、

消してやったわ!!!!

 

わっはっは(高笑い)!!!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

勝ったぜ!(いや、いけないことですよ。)

 

と、勝利に浸り、薄ら笑いの私でしたが、

 

「あ!!忘れものあったああーーーーっ!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

除光液。

 

ボンネットに置き忘れたまま、

 

部屋にもどったこと。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

数十分後、

 

高笑い、薄ら笑いしながら、

 

「除光液、あったあああ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

ぺり。

 

 

 

 

 

 

うわああああああああああ(しんじ、みたく)

 

除光液サイズの正円 「○」

 

 

 

ボンネットの塗装を溶かし、はがして、

 

○付きファミリアに変身しました。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

なんか、、、敗北感、、、、、、、、。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

はい。

 

駐車場を、借りました。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

でもね、

この勝負のおかげで、

 

 

ひとり暮らし初日の、寂しさからは、

 

いつのまにか、開放されておりました。

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の軌跡ー1-8

ガラパゴス-スタジオフリー<ガラスタ>

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ガラパゴス的、進化の話。

 

S学館の雑誌編集部跡に、事務所を構えた私。

最初は、エアコンなくて、、、なんて話を、1章で書きましたわあ。

 

して、

通信手段は、黒電話1台。

1台のみです、スタッフ6~7人だったかなあ?

 

軽井沢合宿のあたりの話だから。

 

黒電話、留守番機能も、保留機能も、ありません。

ただ、みんなで使うので、

長ーーーーーーーーいコードにいたしました。

10mだったかな。

 

だから、会社に電話来ると、

「はい、スタジオフリーです。、、、、、

ちょっとお待ちください。」

 

と、電話にでた誰かが、

受話器を手で押さえながら、こそこそ声で、

 

「氏家さん、N原さんから電話!」と、

電話機ごと、わたしの近くまで、

ずるずる長ーーーーーいコードだからね、

持ってきてくれるの。

 

便利でしょ?

 

でね。

黒って、なんか可愛くないからって、

Y江ちゃんがね、

打ち合わせから帰ってきた私(一応、社長)に、

 

「氏家さーーーん!ほーーーーーううら!見て見てっ!

可愛くなったでしょうううう?」

 

と、

 

営業成績ボードに貼る用の、赤青黄色の丸いステッカー。

 

黒電話にたーーーくさん貼ってくれて、

「ほうら、黄色のドット柄、可愛くなったでしょう?」

 

このころ、黒に黄色やピンクのドット柄、流行っておりましたの。

BIGIだったかなあ?スタジオVだったかなあ?

 

凄い進化でしょ?

 

最先端、黄色ドット柄の、10mコードの、黒電話!

 

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あとは、大事な大事なお仕事として、

デザインはやらない、営業チームはね、

 

ライターさんが、うんうん頭をひねって、

徹夜してくださって、

書いてくれた、200字詰の原稿用紙、うん十枚。

 

鉛筆書きの、生原稿。

 

これを、茶封筒、ボタンみたいなやつが付いてて、

タコ糸みたいなので、十字にくるくるっとやると、

べろ(ふた)が、セロテープなしで閉まる仕組みね。

 

これを、電車に乗って、ライターさんからもらって、

私たちデザイン事務所に、えっちらおっちら、手と足で運ぶの。

1~2時間くらいかけて。

 

あるとき、

その大事な封筒を、電車の網棚に置き忘れた女子がおりまして、

 

もうね、明日入稿しないと間に合わないっつー、死にそうなときに。

 

もうなくなっちゃって、大騒ぎ。

 

だって、書き直す時間ないし、

文字数数えて、割付用紙にZきって、

 

せめて、カラー写真の大きさ測って、

D日本印刷に写真のアタリ出さなきゃ、

もう印刷間に合いません状態だったから。

 

わーーーーーー!!!!

頭んなか、まっしろーーーー、ぽけーーーー。

 

したら、ライターさん、凄いの!!!

 

「大丈夫!念のために、原稿のコピーとっておいたから。」

 

 

凄いでしょ? コピー機!

原稿、複写できちゃって。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ガラスタ話 続く

 

 

 

 

 

私の軌跡ー7-<外伝>ーアート?編ー1

衝撃とか感動とか、共感とか勝負とか。

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冬枯れの木々も美しい。

 

昨日は、久しぶりにイラストなんかを描いてみたりして。

 

今日は、衝撃というか、感動というか、

いてもたっても、いられなくて、ブログを書いている、今。

 

何が衝撃かって。

 

「Wabi Sabi Design」という、

 

日本の侘びさびが、そのままデザインのカテゴリーになっていた!!!

ということを、

 

今更ながらに、さっき知ってしまったこと。

 

日本人の私も、生きている間に、

侘びさびを理解しつくす自信もないし、

 

だって、これは、

 

文化というのか、

作法というのか、

精神というのか、

芸術というのか、

生き様というのか、

 

悟りというのか。

 

もう、すべて、ひっくるめての、侘びさび。

 

でも、ワールドワイドに、理解しようという精神のもと、

雰囲気や、無駄を省くというか、華やかではないが、センシブルな。

 

そういうアートが、インテリア、陶芸が主導で、世界に広まっていた。

 

私、個人的に、勝手に推し進めている、

ネオジャポニズムには違いないのだけれど。

 

いやーーー、わびさび、深すぎて、真似するぐらいでもいいなら、

ぜひチャレンジしてみたいなああああ。

 

ぷらす、

 

「私デザイン」「私アート」

 

流行関係なく、さらりと、

 

これが「私スタイル」と、潔く、

 

FBやインスタグラムで、知り合うことができた、

各国のファッション作家さん。

 

つたない英語(私)で言葉を交わう感激!

 

でも、絵文字だけでも通じる!

 

絵文字、

 

象形文字、万歳!!!!

 

私も、彼女らを見習って、

 

「私これ!」って、

 

自分スタイルで良い、ふむ、と鼻息荒く、

 

勝手に勝負を挑む勇気が湧いてきたりして。

 

SNS、凄い!

 

これで、時差もなくなれば、もっといい。

 

ドラえもんに頼んでみよう。

 

続く

 

 

 

私の軌跡ー7-<外伝>ー私的教育考-2

好きな色

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 写真は、下の娘が、まだ自立歩行ができるようになる直前。

2歳数ヶ月の頃かな。(一般的には、1歳過ぎぐらいで自力歩行するのね。)

 

毎日、猫(今は亡き、れおんのたねのご本人)がお絵かきの先生をしてくれました。

 

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何だかわからないけど、

 

落ち着く色、

憧れる色ってある。

 

場合、場面によっては、

 

嫌いだけど、「必勝なになに!」「打倒なになに!」って場合の戦闘モードの色。

流行知ってるよ的な、乗り遅れてないように見栄えで身にまとう色もあるし。

好きな人に高感度UP狙って、大嫌いな、ふわふわ系、淡いピンク色着てみたりもする。

 

美術やデザイン系学校で、多分一度は目にしただろう、

マンセルのカラーシステム。

 

ウィキペディアより

 
BYR color wheel.svg この項目ではを扱っています。閲覧環境によっては、色が適切に表示されていない場合があります。
 
マンセルの色相環

マンセル・カラー・システム (Munsell color system) とは、定量的に表す体系である表色系の1つ。色彩を色の三属性色相明度彩度)によって表現する。マンセル表色系マンセル色体系マンセル システムとも言う。

日本では、JIS Z 8721(三属性による色の表示方法)として規格化されている。

 

概要[編集] 

アメリカの画家、美術教育者であるアルバート・マンセル (1858-1918) によって作り出された。色の名前の付け方が曖昧で誤解を招きやすいことから、合理的に表現したいと考えたマンセルは、1898年に研究を始め、1905年にその成果として『A Color Notation』(色彩の表記)という本を著した。これを1943年にアメリカ光学会 (OSA) が視感評価実験によって修正したものが、現在のマンセル表色系の基礎となっている。そのため、修正マンセル表色系という場合もある。マンセルの新しい版の書籍である「Munsell Book of Colors」は現在でも使われている。

表色系は各種あるが、マンセルの表色系は美術、デザイン分野でよく使われる。

色相 (Hue)[編集]

色相といった色の様相の相違である。特定の波長が際立っていることによる変化であり、際立った波長の範囲によって、定性的に記述できる。ただし、常に同じ波長が同じ色に見える訳ではない。この総体を順序立てて円環にして並べたものを色相環 (hue circle) と言う。

色相の連続的な変化                    

マンセルは色を5つ (R・Y・G・B・P) に分け、更に中間にYR・GY・BG・PB・RPの5つを設けた。さらにそれらの色相を10で分割した計100色相で表した。

  • R (赤)
  • YR (黄赤)
  • Y (黄)
  • GY (黄緑)
  • G (緑)
  • BG (青緑)
  • B (青)
  • PB (紫青)
  • P (紫)
  • RP (赤紫)

基本10色を5、基本10色を更に10分割した色を1 - 4、6 - 10として色名に付加して表現する。黄色であれば5Y、青緑であれば5BGとなる。

明度 (Value)[編集]

明度は色の明るさを意味する。

明度の連続的な変化                      

極度に色味の弱い色である、黒、灰、白など色を基準に明度は決められた。すなわち無彩色の中で最も明るい白を明度の10とし最も暗い黒を明度0とし、その中間の明るさ、いわゆる灰色に1 - 9の数字を割り当てる。理想的には白は光の全反射、黒は全吸収するものが物理的定義であるが、現実の色票(色見本)などでは不可能なので、白は9.5、黒は1の値を用いる。色を持たないものを無彩色といい、無彩色に対して、色味を持つものは有彩色という。

彩度 (Chroma)[編集]

彩度は色の鮮やかさを意味する。

彩度の連続的な変化                      
                       
                       

色のない無彩を0として色の鮮やかさの度合いにより数字を大きくしていく。ただし彩度は上記の色相と明度によって最大値が異なり、また10でもない。最も大きい5Rでは14、低い5BGでは10となる。(当初は8であったが修正された。)

 

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この模型、一枚一枚、手でカラーチャート、糊で貼ったの。

見覚えある方、おおお同志!!!

大変だったけど、出来上がったら、

 

まあ、なんと綺麗!

 

 

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赤ちゃんのとき、まずは何色が見えるか?

 

それは、真っ赤だそう。

形状は、黒い ● ● 。

 

赤は、遺伝子に組み込まれた「危険」だから、らしい。

黒い●2個は、当然、母親の目、もしくは外敵の目、なにしろ生き物の目。

 

だんだんと、年を重ねるに従い、そこに他社との関係で、

好きな色、好きでいなければいけない色、またはその逆が加わってくる。

 

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私は、若い頃、小学生対象のお絵かき教室を開いていた。

 

いつも、話すのは、

 

「絵の中は自由」

 

なかなか、そういう機会にめぐりあうことはないのだが、

 

空想は自由なのです。

それを、絵として描くのは、自由なのです。

 

本来は。

 

大人社会では、または国によっては、

表現の自由の解釈が違うかもしれない。

 

でもね、私は、言う!!!

 

「絵の中は自由」

「好きな色も自由」

 

そしてね、

 

私は、色が好きです。 

 

色のイメージって大好き。

 

意味わかんね!かもしれないけど、色って素敵よ。

 

それから、グラデーションも大好き。

自然現象には、グラデーションがいっぱい!

虹もオーロラも。

 

勉強ではなくて、好き、落ち着く、で良い、それがベストアンサー!

私の軌跡ー7-<外伝>-私的教育考-1

教育について

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写真は長男20歳、長女3歳ぐらい。

レトロゲーム、ドリームキャスト「ソニックアドベンチャー」

をやっているところ。

 

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自分が小学校に入学してから、現在54歳まで、

家族の中に、誰かしら小学生がいる。

 

 

中学3年生で、4番目の妹が生まれ、

まあ、一人暮らしの暢気な期間もあったものの、

長男が高校2年で、長女を出産し、

なにしろ、ずーーっと、学校とは縁がきれない。

 

今日は親の側で、書いてみようかと思っている。

 

長男が小学1年生で、母親が孫である息子を拉致して家出のすったもんだの後の話。

 

今は2回目の小学生の母親なので、

なんとか様子はわかっているつもりだった、、、、、。

 

が、、、、、。

 

長男のときは、ばりばりのゆとり教育時代で、

担任1名を除き、私の好きな暢気なタイプの先生だったもので。

 

はっきり言って、教育とは?なんて考える必要もなく、

 

また、運動会でも、働く両親のために差別があってはいかん!と、

教育委員会がきめたのだか、なんだかわからないが、

子供たちは各自弁当持参で、教室で食べる。

 

親は、自分の子供の出番だけ、ちょろっと見に行けばおっけーだったのだった。

 

ひゃーーー、らくらく。

 

役員さえ、なんとかクリアすれば、というか、

母子家庭の母親の私は、保護者会にすら出なかったもので、

一回も役員をやらないまま、義務教育期間を終えてしまったのだ。

小学校後半は、鬱病で、寝たきり状態になり、

もう息子を学校に行かせる力は残っていなかったのだが、

 

はた!と、ある日、

義務教育が終わると、息子が保護者側にまわるんだな、と、

おそらく、じわじわ、と。

 

なんとなく、福祉の担当も優しいおじさんから、

きっつい口調のお姉さんに異動したりして、

 

やば、高校はやばいでしょ!と、鬱病の頭でもわかったのだった。

 

のそのそと起きては、息子がはまっているネットゲーム。

FF11。

これが息子の命綱だったので。

 

あとは、おはスタが始まり、コロコロコミックも大人気。

 

ぼけーーっとテレビを眺めていた、鬱母も、

おはスタに「怪人ゾナー」「麗人サイガー」が出てくると、

しゃきっとしてしまったもんね、だってカッコいいから。

 

カードゲームでは、遊戯王から、ポケモン、

マジックザギャザリングをモチーフにした「デュエルマスターズカードゲーム」が登場し、

まああああ、これがおはスタ人気の相乗効果と、

ポケモン映画が始まったりと、

 

もうね、やること、おぼえること、たっくさんあったの。

 

勉強しないでも、ぷらぷらしてらんないの。

覚えないと勝てないから。

 

ネットゲームは、プレステ2や3の発売もあったり、

セガサターン廃止になっても、ゲームボーイやらDSやらPSPやら、

 

今じゃ普通のゲームの世界が、ちょうど始まっちゃったわけなのね、この時期。

楽しいったら、ありゃしない。

 

ゾイドのかっこええー、まじにかっこええええーーー!

セメダインなくても組める、手がべたべたしないプラモデル出たりね。

 

親も、目がきらきら。

 

今日は、教育論だからね、いちおう。

 

別に脱線してないので、確認。

 

鬱母、最初の楽しい外出は、トレーディングカードの大人買いかな。

 

ヨーカ堂で。

 

でもね、買い占めても、買い占めても、出てこないのよね、

スーパーレアなやつは。

 

海馬のアルティメットなんちゃらブルーアイズドラゴン(これは遊戯王だけどね)とか。

 

ちょろちょろ出てきだした、トレーディングカード屋で、

電話で聞きまくって探して、

 

とおーーーい埼玉の奥地の怪しい店まで、

電車乗り継ぎ、走りまくり、

たった1枚だけ、1万円とかで出てるからっと、

「おおおおおおおお!あったあああああああ!」

「よっしゃ、買う!」

 

と、そんな楽しい日々が、1日増え、2日増え。

 

もう最強のデッキが、息子の手中に、、、ふふふ。

 

いつものように、おはスタのサイガー観てよだれたらしてたら、

 

んんんん?

んんんんんんん?

 

ワールドホビーフェア?

 

平成28年の昨日、ゲームショーですっごい人だかりなんて、

ニュースでやってましたが、

こんなの、普通、普通ですのよ。

 

 

ワールドホビーフェアが、その前身でね、始まったの、幕張メッセ。

 

でもって、

デュエルマスターズカードの全国大会出場権ってのが、

コロコロコミック1冊に1枚はがき付いてて。

 

またも、買占め大人買い。

 

多分、50枚か100枚書いたの、はがき。

ふたりで。

 

して、して、して!

 

来たのーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!

 

出場権の当選通知ーーーーーーーーーーー!!!!!!

 

ワールドホビーフェアで、先行発売されるゾイドと、

デュエルマスターズカードの全国大会出場と、

おはスタの公開収録で、

ポケモン映画の声優陣&主題歌の森クミさん登場。

 

始発でゴー!

 

幕張着いたら、全員ダッシュダッシュダッシュ!

親もね!凄いよ、運動会より全員本気!

 

ぜーぜーはーはー。

列に並んだね、4時間ぐらいは普通だよ。

先行発売、残数何個!なんて、どっきどき、

暇じゃないよ、ぜんぜん。

 

で、、、、、、、、

 

で、、、、、、、、、、

 

デュエルマスターズカードの全国大会出場!

 

はじまってーーーーーーーーーーー!!!!!!

 

最強デッキの息子を、

影から見守るひゅうまのネーちゃんみたく。

 

おーーーーっ勝った。

 

勝った。

 

あ、また勝ったーーー!

 

なんと、決勝まで!

 

うううううう涙、、、ひゅうまのネーちゃんみたく涙、、、。

 

 

 

おおおおおおおおおおおっ!

 

 

 

優勝したーーーーーーーーーーーー!!!!!!

 

 

 

親子で、やったーーー!

私、大万歳なんて初めてだーーーー!

 

 

しかも、そのあと、テレビ局のADさんが、、、

 

「あのーーー、このあと、収録あるんで、ゾナーと戦ってもらいます。

息子さん出していいっすか?」

 

「いいっす、いいっす、ぜんぜんいいっす!」

 

 

 

ふう、

 

教育論だよ、これは。

 

脱線してないよ。

 

 

で、収録おわり、翌日!

おはスタに息子登場うううう!

 

この日だけは、息子、しゃきっと、学校行ったよ。

 

そりゃあそうだよね!

 

うんうん、わかるわかる。

いってらっしゃーーーーい!

 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。

 

帰宅。

 

久々の学校では、みんなから、

「ねー!うじ!おはスタ出てたでしょーーーーー!」

の嵐だったんだって!

 

めでたし、めでたし。

 

 

 

 

教育論続く