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スタジオフリーの物語

80年代を駈け抜け30年、ようやく過去の私と向き合う

私の軌跡ー3-11

ここで遭ったが百年目 <※フィクションとしてお読みください。>

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私、冬の木って好きだと思わなかった、昔は。

 

さて、

 

B社での出来事の続き。

 

B社は、一応広告制作会社だった。

Sさんという、アル中歌ウマチーフデザイナー。

ダブルOさん社長、副社長の話。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

フィクションです、一応。

これを信じるか信じないかは、あなた次第!

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

その当時、

実家は、居心地が悪く、できるだけ居たくない私の事情。

 

お金が多分すきなOさんと、

山が好きなOさん。

お酒が好きなSさん。

デザインアシのNちゃん。

ライターアシのMさん。

カメラアシのTくん。

いろいろ、たくさん。

 

そこに、私がお金の匂いぷんぷんの、

T醤油社史、取材、編集、撮影、デザイン、印刷、製本、現物出来上がりまで。

とりあえず、1000万円の予算で、B社に持ち込みました。

 

そして、

お金と面白い展開すきなOさんは、

神戸から、Wさんという、

 

はんなりしていて、直球。

そして、ライター根性バリバリの、

私と同年代の女性を投入してきました。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ふーーーーーーーーーーーーん。

 

面白いじゃない、

ケンカ買うよ!と、若気の至りの私の鼻息は荒く、

 

ライバル根性むき出しの女ふたり。

 

わははははははは。

 

その、はんなり根性女、Wさんは、

何とかして、私の上に立とうとする。

 

めんどくさい奴だな、やだな、ねちっこいな、

明石焼きは、あっさりしてるぜ???

 

なんと、B社の古いビルの4階の上の、

風呂なし(当然住居用じゃないから)

Pタイルのただの屋根裏に、

 

住み始めたのよ!!!!

 

風呂は????

 

飯田橋に風呂やあんの????

 

 

不思議だったんだけど、ま、いいや。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

でね、私はというと、

 

毎日、6時きっかりに飲みに行く、

アル中Sさんに、くっついて、毎日飲んだくれていました。

 

帰りは、はしごはしごでべろべろだから、

 

そのまま、Sさんの住む、目蒲線のどっかまでくっついて、

で、部屋入るなり、

ぐわーーーーーっと、

寝てしまっては、翌日、のそのそ同伴出勤、飯田橋。

 

 

笑える。

 

 

それに興味しんしんな、アシちゃんたち。

 

なんといっても、

Oさんと、明石焼きのWさんのリアクションが面白くって、

 

毎日毎日、続けちゃったのよ。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

飲んだくれ、はしご、目蒲線、ぐあーーーっ、同伴出勤。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

して、

 

明石焼き女Wさんに、

山好き登山家Oさんは、Iさんという、編集アシスタントをつけ、

 

私は負けじと、

お洒落で、ナチュラル、美人の3拍子そろった、

友人の友人のOさんという女性を、

名古屋から呼び寄せて、投入。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

なんか、試合見たいね。

 

なにしろ、つわものを、投入、投入、投入、投入。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

して、無事かどうだかわかんないけど、

 

半年ぐらいで、T醤油の社史出来上がったの。

 

その頃、代理店で中に入ったB社。

 

社史1000万円からの、

 

わたしのパッケージデザイン全部リニューアル、

代理店に入りたいって。

 

でね、ビルの3階改装して、でっかくして、

開いた4階に、

 

明石焼き女と、アシスタントIさん。

私と、名古屋美人Oさんをね、

 

折半で、借りろって、そこの家賃払えって。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

ま、まだ予算あるし、いいかあああぐらいの気持ちで、

 

ひとまず、借りの場だった飯田橋が、

私ら4人の、よくわかんない事務所になって、

ビジネスホンひいて、

組織っぽくなったわけ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

いよいよ、私の出番のパッケージ!

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

ここで、はたと気がつく。

 

アル中Sさんは、パッケージデザイン未経験だし、

広告をやらせろ、と威張りはじめた。

 

アル中だから。

 

んんんんんんん、、、、、

 

しかたねーや、パッケージは外注使おう!

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

B社の、お金好きなOさんは、

これまでの人脈さがしまわって、

 

「氏家さん!!!!いいとこあった。0月0日の00時に呼んだから!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

当日。

 

神妙に待つ、明石焼き女と、私。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「失礼いたします。」

 

 

 

 

と、B社の3階の会議室に入ってきたのは、

 

 

 

ここで、遭ったが百年目の、

 

私をぽいっと、放り出した、

 

流通大手のD社のデザイン全部かっぱらった、

 

G社(憎っくきA社長の腰ぎんちゃく)の営業Yさん、

 

あんど、

 

昔私が集めたデザイナーの面々。(○○○税理士うりゃーーのKちゃん)

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

いやいやいやいや、

 

 

びっくりしたわあ、パッケージデザインの世界って。

 

 

狭いっていうか、馬鹿なの?

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の軌跡ー7ー<外伝>ー私的ビジネス考-2

光と影

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今日は一大決心して書く。

 

わざわざ、書く。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

先日、私にとって、大きな意味のある民事裁判が終わった。

 

昨年夏、先日書いた

私の軌跡ー5-4

での労災事故の損害賠償裁判のこと。

 

以前にも、およそこのぐらいの請求で、内容証明を送付したとか、

訴訟の請求内容も記載した記憶がある。

 

これを、踏まえて、、、、。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

1989年。

 

スタジオフリーは、妊娠中の私が、安定期にはいり、

法律上は(同義的ではなく)、妊娠6ヶ月を過ぎると、

手術によって、お腹のなかの赤ちゃんを堕胎することができなくなる。

 

ほとんどのお母さんは、

おなかの中で、もう胎動も感じ、堕胎することを、

よっぽどの事情がない限り、

自らの意思で、生まない決心をすることはないと思う。

 

かくいう私も、

求人広告で雇った、7歳くらい年上の、

ばりばりキャリアウーマンと、その相棒で、

赤坂にあった事務所、その立地条件や、そこそこの取引先で、

 

ばりきゃり女が、来ても来なくても、

年商1億円達成!!!

なんて勢いがあったなかの、妊娠。

 

そりゃあああ、悩みました。

 

年齢28歳。かな???

 

生みたい、生んでいいのか、生みたい、生んでいいのか。

 

でも、生むことに決めたの。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

その、同義的にも、法律的にも、

母性本能的にも、

 

もう、生むでしょ!!!!ってとき。

 

ばりきゃり女のでっかい謀反で、

スタッフごっそり、クライアントごっそり、

金銭的には1000万円、、、、、

 

なくなりましたのね。

 

多分、前に書いたかな?

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

ま、それは、いいの。

 

過去だし。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

なんか、

 

お金の匂いって、どっかで洩れるもんなんですね。

 

もうネット社会ですし、

 

ちょっと検索すれば、たいていのことが出てくる。

 

まあ、出てきたものが真実かどうかなんだけど。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

だから、書く。

 

私は、裁判によって、相手側に、弁護料(着手金、報酬金)多分150万ぐらい。

慰謝料など、あわせて、まあ和解ですから、判決が。

 

請求は980万円でしたが、

 

そのおよそ半分以下の金額ー弁護料着手金+報酬金16%=000万円を、

初回000万円、分割0年×00万円を、

相手方に請求、支払いの義務を与え、

さらに、2回以上滞った場合は、おまけした分上乗せで、

弁護士、裁判所より、即時強制執行の権利を勝ち取りました。

 

取引先への売上記金一切、相手方への支払いを、

強制的に押さえることもできます。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

書いたよ。

しっかと、書いたよ!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

これ、読んでるのかわかりませんが、

 

そのお金で、

私は、当初、事務所兼ギャラリー兼カフェにしたいなあ。

 

と、半径10km圏内の物件を一括現金で買おうかと、

あちこちの不動産屋さんで、探しました!

 

はい。

 

で、息子には、苦労をさせましたし、

ワンルームでもいいから、

 

私が死んだあと、なんとか雨風しのげる部屋をと、

思いましたよ。

 

はい。

 

でもって、ネオジャポニズムのデザイン小物。

アクセサリーで、海外マーケットへと考えましたよ!

 

はい。

 

国内の1000円均一みたいなアクセサリー。

100均で材料調達して、

業界で有名な○○製作所、犬犬、

一個200円の偽者チェーン、イヤーフック。

必死こいて、がしがし作って、内職並みの売り上げ?

 

に、気がつかない。

 

だって、もちあげられて、私、ピックアップ作家だし、

ハンクラサイトのランキングだって10位以内だからああああ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

これが、虚像。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

だから、走馬灯プロジェクトだからね。

 

私にとって。

 

偽者作りたくないし、

思いのたけを、表現したいの。

 

売り上げなくてもね、

魂けずって、作品作りたいの。

 

命あるかぎり、っていうか、手足動いて、

頭が働いてるうちに。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

この夏。

SNSやってこなかったから、

まあ、時代はSNSで、作品発表???

 

して、

 

紙の印刷デザイナーだったし、

ウェブやらずして、死ぬのはもったいないから、

自力で作ってみる、まあできる範囲だけど。

いまから、HTML覚えてる間に、死んだらやばいし、

 

して、

 

数ヶ月、今日現在に至る。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

不動産やさん大株主だったり、

銀行やさん大株主だったり、

株やさん大株主だったり、

ネットやさんのネットワーク(だじゃれです)

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

世界の中心でまじで叫ぶ!

 

私は、裁判で得た000万円は、○○に寄付しました!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

だから、文無しよ。

 

 

ごめんね。

 

 

同一人物、500アカウント「いいね」もこわいもんだし。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

さて、と、、、。

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の軌跡-1-9

YOU'RE FIRED!!!!

 

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1985年ロサンゼルス、ハリウッドのリトルトーキョー

 

私は、23歳。

何故だか、M製菓から任されていた、1冊丸ごとの月刊誌のデザイン。

 

突然の休刊宣言、事後報告で、

「えええええええーーーーーーー!!!!!」

と、呆けていた、スタジオフリー社長の私。

 

私の軌跡-1-4で書いたと思う。(←できたっ!ページに飛ぶやつ!)

 

なんだか、気分転換必要かな?って、

勝手に思い立って、

相棒J子さんと、期限未定のオープンチケットで、

アメリカ西海岸の旅をしました。

 

とりあえず、100万円もって。

 

ロサンゼルスへ行こうと、飛行機に乗り、

一日目のダウンタウンのモーテルだけ、決めていて、

あとは、自由にアメリカを満喫するのが目的。

 

何かのアイデアが得られるのかな、

希望が湧いてくるのかな、

 

だって、自由の国、アメリカだしいいい!!!!

 

って。

 

それだけ。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

でもね、

 

現実甘くなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「ええええええっ????」

「んんんんんんん????」

 

ってぐらい、めっちゃ高いの、何もかもが。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

日本で贅沢三昧に感じられるような、

ニューオータニとか、有名な高級ホテルが、

ツインで3万円だとする。

 

だから、ちっちゃいモーテルだったら、

まあ、5000円もあれば泊まれるでしょって、思ってたわけよ。

 

で、100万円も、あるんだから、

当分2~3ヶ月、贅沢しなきゃいられるかなって。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

とんでも、ございませんでした。

 

はあ。

 

5000円じゃ、若い女の子が安全に泊まれる場所なんて、

アメリカ中探してもないわよ、HAHAHA。

と、笑われ、

 

もう、必死で、ない知恵絞って、

アメリカにいる誰か知り合い探さないと!!

明日どうするよ!って、

 

たまたま電話番号を知っていた、

J子さんが、高校でホームステイしたお宅に電話して、

ロスから、「少し」離れた、ホイッティアって場所に移動したの。

 

そこに、とりあえず2泊か3泊させてもらったんだけど、

ホイッティアのお母さんから、

 

「あなた達、何の仕事?」

「グラフィックデザイナーです。」

 

「じゃあ、だいぶ稼いでるでしょ?月給いくら?」

と聞かれ、ふふん、一応稼いでるつもりだった私は、

 

「だいたい40万円です!!(ふふん)」

 

「おーまいがーーーーー!!!」

 

と、驚かれたので、

 

へへ、って照れ笑いしたわけよ。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「そりゃ、あんた、1週間の給料だよ!!!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

そう。

 

 

1$=250円だったから。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

結局、100万円なんて、3箇所の知り合いに、

ただ同然で、泊めていただいたにもかかわらず、

あっという間になくなって、

 

2週間で、金欠になってしまいました。

 

せめて、ハリウッドのチャイニーズシアターで、

有名人のタイル観て、

 

大流行して面白いから、観てきなよ!

と、映画館で観た「バックトゥーザフューチャー」

 

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このシリーズ「パートⅡ」と同様に、

ビフ(ジャイアンみたいな)社長から、

テレビ会議モニターとFAXで、言い渡される、

 

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YOU'RE FIRED!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

私ら、ジャパニーズガールは、

 

アメリカから、

 

「YOU'RE FIRED !」され、

 

すごすご、2週間で、

 

「そうだ、日本へ帰ろう。」(JRのCM風)

 

ロサンゼルス空港へBACK!!!

 

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「30時間後でないと、日本行きはありません。」

 

「しかも、反対周り、アフリカ、中近東、韓国でトランジット。

韓国から成田便ね。」

 

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ロサンゼルス空港のベンチで、

 

長い長い長い長い長い長い長い長い

 

スーツケースがらがらひいて、

 

一晩寝て、、、、。

 

 

長い長い長い長い長い長い長い長い

 

 

エコノミークラス滞在。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ムーーーーーンという中近東の香り?の面々でぎゅうぎゅう満席。

 

 

くたくたへろへろで、韓国から成田へ到着いたしました!

 

 

ぢかれだーーーー(泣)

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の軌跡ー7ー<外伝>ー私的ビジネス考-1

富を得ることができる人

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今、42年前の私と対面した。

 

この写真は、父がインドネシアへ、羽田から飛び立つ飛行機を、

デッキで見送る、私たち家族だ。

 

中央の赤いハットをかぶった母、左は小学校5年生ぐらいの私。

母の右は、赤羽へ引越してしまった祖母、抱っこされているのは三女。

白いモヘアの手袋と赤いオーバーを着ている、次女(顔は見えないなあ。)

その右となりは、祖父。

 

父は飛び立つ飛行機から、私たち家族を撮っていたのだった。

 

知らなかった。

 

この写真も、アルバムには貼られておらず、

きっと、照れくさい写真は、アルバムには貼らなかったらしいことが、

徐々にわかってきた。

 

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インドネシアへの単身赴任は長かった。

 

 

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ヘリコプターで行かなければならないような、

山奥やジャングルを、何か整備する事業なのだろうか。

 

父は、おそらく、日本とインドネシアの大きな事業のために、

唯一国内で、ヘリコプター免許保有数の多い父が抜擢されたのだろう。

 

私が大人になるまで、

インドネシア現地法人(旧アサヒヘリコプター)の社長だったとは、

全く聞かされたことがない。

 

父は、ヘリコプターの操縦が大好き。

 

だから、乗る。

 

操縦する。

 

今だったら、撃ち落されるかもしれないような、

くるくるアクロバット飛行も、楽しんでやってしまう。

 

ロシア(旧ソ連)へは、ヘリコプターで飛び立ったらしい。

その時は、さすがに撃ち落されるかもしれないので、

会社は、護衛の自衛隊ヘリを、前後左右につけ、

父は、ただ面白がって、操縦していたらしい。

 

だから、

ビジネス、金儲けには無関心。

関心もっても、ろくなことがない。

 

ヘリコプターの後ろに、誰が乗っていても、

みんな平等に命を預かる。

 

偉い政治家さん。

偉い社長さん。

ピンクレディや、山口百恵さんや、有名芸能人が乗っても、

 

「なんか、これくれたぞ。」

 

って、ぽいっと、色紙。

 

「うぎゃーーーーーーっ!!!。」となる三姉妹。

 

色紙はラップに包み、その後引越しした、

和光市のお店(母親経営にきまぐれ定食と甘味屋)に、

堂々と貼り付けておりました。

 

父には、世間の価値は通じないらしく、

たまたま、空をるんるん飛んでいて、

利根川だったか、海だったかで溺れる女性を助け、

警視総監賞なんていただいて、

テレビニュースで放映されても、無関心。

 

命を助けることは、父にとって普通だったのだろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

私は、バブル前に大手M製菓のN氏との出会いをバネに、

ぼよよよーーーンと、

普通は会えない、行かれない場所で出向くことができ、

 

そこでは、大金持ちの血筋の目が眩む上場企業の社長さん、

一代で、○○業界のトップを爆走する社長さん、

テレビでしか見たことのない、

絢爛豪華な皆様と、

 

お話したり、ご飯食べたり、名刺交換したり、

ちょろっと、私の会社の営業してみたり。

 

そのプロジェクトで、

日本が、みるみる変わっていく様を、

CMから、番組から、雑誌から、ブランドから、

私が端っこに所属させてもらっていた、

なんだか、20代の私には、ちんぷんかんぷんでしたが、

 

まあ、大きなお金が、どっと動くと、テレビの内容ででてくる。

雑誌、新聞で扱われる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

でも、私は悩んでいた。

 

なぜか?

 

それは、会社を安定的に右肩上がりに売り上げを上げる私。

 

要するに、ビジネス優先の(金儲け?)私と、

 

父由来の、ただのオタク、デザインが大好きな私。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

相対する二人の私を、コントロールしなければならない。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

これは、自論ですが、

おおむね、経営者であって、売り上げを限りなく伸ばした方。

 

うちのような、小さなデザイン事務所に、

父が運行を任されていた、ヘリコプター所有のリゾート王の方。

 

買収に買収、金融機関も傘下にあり、

多分、父がぽろっとヘリの中で、愚痴ったのだろう。

 

その方は、保証人なしで、金利は公定歩合同等、返済期限なしで、

 

ぽんと、私が資金繰りで頭かかえてるとき、

500万円という大金を、

その金融機関から出してくれたのでした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

心から、助かりました。

 

数日後の給料日、外注支払日、事務所家賃など、

もう、万事休すの状態で、

 

真っ当な、金融機関の手続きでは、

最短2~3週間かかるところ、

即日、だしてくださった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

が、しかし、

 

その方は、日本中が悪者と指を刺し、

私的流用にお金を使った。

二信組問題で、逮捕され、

 

後に、体調を崩され、若くして亡くなった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

私は検察庁にも呼び出されましたが、

 

「本当に、お借りして、

本当に助かった、嬉しかった、Tさんはいい人です。」

 

と、声を大きく訴えましたが、

全く調書に書いている気配がなく、

いらいらしました。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

いろんな、

大偉い方、

中偉い方、

小偉い方、、、

 

いろんな偉い方、経営者とお会いしましたが、

 

何度もいいます、自論ですが、

 

一代で財をなした方や、

生まれたときから大金持ちの方や、

お金大好きな方。

 

お金のために、人を裏切ることができる人、

昨日の発言そっちのけで、手のひら返しても気にしない人、

損得勘定で、人を評価する人。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

私が、出会った中では、

 

お金をたくさん得ることができて、

会社も急成長、

また、その後も右肩あがり。

 

そういう経営者のなかで、

 

「いい人だなあ」

 

 

と、感じた人は、

 

逮捕、または倒産、左遷。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

いい人が、悪い人から攻撃された場合、

自分だけ逃げようとは、どうしても思えない行動できない。

 

もう一度、スタジオフリーが動きはじめて、

 

私は、これを毎日、第三の目がないかなあああ?

三つ目が通るの「写楽」や、

ブラックジャックや、

火の鳥が現れて、

 

なにか智慧を!と、用心深くしておるしだいです。

 

今、たったひとつ、気がついているのは、

人を、お金で雇わない(雇用しない)。

物を介さないパートナーシップを組まない。

 

 

ソロステージでは、人を裏切ることに出くわす機会は少ない。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

<人の思惑気にしない、自分に自信を持てよ、ばかたれ!>

 

と、胸の中の私が出てきては、

 

人間私の周りに、ぼよんとして強固なバリアーを張ってくれる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

と、信じております。

 

守るべきは、わが子と老猫3匹と、思っとります。

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

私の軌跡ー5-4

労働災害とか(今日は長文注意)※追記あり

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D通の労災事故について、労働基準監督署の強制捜査が行われていると、

テレビのニュースやワイドショーを騒がせている。

 

私たち、昔のデザイン事務所や、編集プロダクション、漫画家、

 

その他、何かを書く、描く、作る、創る、造る。

 

そういう職業では、

 

自分自身が、「良いもの」を出したいという気持ちによって、

あ、気が付いたら夜が明けていた、、、

ということは、ごく自然な欲求で、当たり前だった。

 

しかし、職業として、

組織の一員となった場合、

 

良くも悪くも、

一昔、

「手作業や技術」の鍛錬が必須条件だった頃。

 

多分、私たち50代半ばが、

ちょうど、手作業にコンピューターが入れ替わる、

その変換機の狭間、

両方を知っている世代ではないだろうか?

 

グラフィックデザインとは?

 

結構、誤解され広まっている感があるが、

イラストを描く人と思う方もいるだろう。

 

グラフィックデザイナーとは、

「印刷物のデザイナー」である。

 

なので、印刷の知識がないと、デザインはできない。

 

グラフィックデザインの登竜門は、、、

 

烏口(からすぐち)で、0.1mmの罫線を、曲がらず太くも細くもならず、

まっすぐに30cmぐらいは、引けて当たり前でないといけない。

 

まず、烏口って?

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こんなやつ。

横にネジがついてて、くちばし部分に墨汁含ませて、

その、ネジの締め具合で、太くなったり、細くなったりするの。

 

墨汁の量も大切。

5cmぐらいで、無くなる量でも×。

入れすぎると、罫線引きながら、横にぼたっとたれる。

 

要するに、職人技なのよ。

 

まあ、私がデザイン始めた頃は、

烏口から、優れもののドイツ製「ロットリング」という、

スーパースペシャル凄い、

真っ黒いインクが、0.05mmとか、引けちゃうのが登場したのよ。

 

ガラパゴススタジオフリーで書こうと思ってたのに、

つい、書いてしまったから、

ま、いいか。

 

だから、ひよっこは、線を引く。

毎日毎日線を引く。

 

なぜか?

 

それはね、

 

印刷物って、カラー写真は4色で再現してるの。

 

最近は、みなさん、プリンターでご存知だと思う。

 

シアン、マゼンダ、イエロー、ブラック。

この網点の大小で、カラー写真が印刷されるのね。

 

そのために、透明な製版フィルムってのが、

4色だと4枚、

 

ぴーーーーーーーーーーーったり重ならないと、

 

人の目が、なんか赤版だけ白目にずれてて、

 

目があああ、、目があああ、、(ムスカ)

 

目に血がああああ、、、!!!!!、、、の、

 

怖いお化け顔になっちゃったり、するわけ。

 

そのために、トンボっていう、

いまじゃ、トリムマークぽんで、出る奴。

 

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これ。

 

これがまっすぐの、線じゃないと、

有名女優さんや、おえらい○室のかたとかの、

 

大事なお顔がずれて、不細工なブスになって、

 

たったそれだけで、

 

とーーーーーーーーい、遠い、島流しになっちゃったりするらしいよ。

 

なんて、印刷談義は、

 

「つまらん!ちーーーっとも、つまらんっ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

まあ、何が言いたいか。

 

自論だけど、

 

自分の作品が世間の皆様にお目見えするという、

 

まあああ、とんでもなく凄いことになっちゃったら、

 

たぶん、何回も書き直し、修正が入れば直すよ!

 

ってすると思う。

 

自分のプライドが許さないから。

 

どっかの章で書いたなあ。

 

 

アーティストとか、

作家とか、

 

 

それは、お金には比例しない。

 

 

お金を稼ぐ、頂くのは、「労働」のみ。

 

 

だから、広告代理店。

 

代理店。

 

代理。

 

誰かの代理よ。

 

 

デザイナーは自分のプライドあるから、

時間かけたい!

 

クライアント(広告主)は、早くよこせ。

いやいや、こんなデザインは嫌だ。

赤を青にしろ。

あ、やっぱり、赤に戻して。

 

なんてのを、

 

あっちで、はいはい。

 

こっちで、はいはい。

 

どう考えても、無理でしょ。

 

デザイナーと広告主の、

親方同士が話しちゃったら、1時間で終わるかも。

 

代理店、流通、

中間搾取の限界は、

 

もう35年前に、M製菓のN課長から教わった。

 

被害者となる、教育期間(学生期間)がおわり、

世の中に排出されていく(社会人となる)若者。

 

なぜ、その職業につきたいのか。

 

考える時間を与えられず、

コントロールされた教育期間とか、

 

なんとなくの雰囲気。

 

災害になるのを止められるのは、誰?

 

まずは、親、保護者(養護施設は施設長が保護者)。

 

でも社会にでたら、

というか、出勤時間内は、親や保護者は出られない。

 

ってことは、

 

上司。

その上の上司。

その上の役員。

その上の社長。

その上の会長。

その上のなんとか会。

その上の、その上の????

 

きりがない。

 

自分で決着できるとしたら、、社長だと思う、

私も、社長だったから、そう思う。

 

これって、マインドコントロールと同じよ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

先日、パート先の金属加工工場で、

3年ぐらい前に、古いプレス機で、

右手中指の第一間接から先を潰して、

指がとれたと、ブログ5章のなかで書いたと思う。

 

ひとまず、半年労災事故としての、休業補償をもらいつつ、

完治はしないが、症状固定後、会社に事務員で復帰した。

 

私は、共存しようと、気持ちを切り替え、

あの、事故の日、

社長は、

「ごめんーーー、ごめんーーー、

指とれちゃったあああーー!

うわーーーーーーん。」と、まじで大泣きしていたので。

 

でもね、、

 

人間、1年2年経つと、忘れちゃうみたいで。

 

 

加害者側は。

 

 

まあ、仕事忙しいのか結構だけど、

単価決まってない仕事たっくさん引き受けちゃって、

 

パートのおばちゃん(私より1歳下ぐらい)

いくら、体格良くて、学生時代テニスで国体出たって、

朝は5:00から、夜遅くまで。

土日休みなし。

 

本人は稼ぎたいから、850円の時給かけるたくさん=手取り25万円。

かもだけど。

 

「いくらなんでも、毎月100時間時間外労働はだめでしょ。」

と、大泣きわあああん社長に言ったの、私。

 

そして、返事が、

 

 

「本人やりたいっていうし、いいのっ!」

 

「でも、上司に本音ってなかなか言えないし、

事故や病気になったら、完全に労災事故ですよ。」

「訴えられたら、会社つぶれますよ!」

 

 

「そんな事故やら、実際起きてから考えりゃいいじゃん!」

 

 

って、言ったのよ。

 

 

社長、指潰した私に。

 

 

だから、会社辞めて、

本格的に弁護士さんにお願いして、

会社相手に損害賠償請求、慰謝料請求もろもろ。

 

980万円の訴訟を起こしたの。

 

(和解判決で、実際はおまけしたし、分割にもした。)

 

1年は、怖い思いをしただろう。

 

私を恨んだだろう。

 

こいつ、労災なんて、自分にとって痛くもかゆくもねーやって、

 

だって、職員来て、警察来て、調書とられて、

で、休業補償は厚生労働省は払ってくれて。

 

だから。

 

たいてい、社長は、部下が謀反を起こさないと、

タカをくくっているときがあります。

 

大部分がそうです。

 

でも、本当に、女が怒ると、怖いものだと思う。

 

今日は、長文でごめん。

 

続く

 

 

 

 

 

 

私の軌跡ー3-10

JAGDA

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この山の頂上に、未知との遭遇の大型母船UFOが乗っかった、有名ななんとかって場所。

 

かつて、デザイン料金は、JAGDAの料金システムといものがあり、

一応、建前上、大手D通の体系が記されていて、

私も、スタジオフリー立ち上げ後、数年して導入した。

 

それは、デザイン、コピー、編集などという、無形の知的財産保護のため、

クライアントのランク、広告の範囲、内容、量、人数、制作日数などにより、

すべて計算できるシステムである。

 

スタジオフリーは、知名度や創業年数はAランクではないので、

AからEぐらいまでの、たしたCランクでざっと計算し、

割り出した金額の80%ぐらいで、見積もりを出していたと思う。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

話は、B社に戻る。

 

B社は、社長がふたり、任期があったらしく、

Oさんになたり、Oさんになったり(頭文字同じ)。

 

山岳カメラマンのOさん、

登山家のOさん。

 

どちらの方も、人柄は優しく穏やか。

仕事は厳しい。

 

そして、メジャーなクライアント。

 

三本線のスポーツメーカーや、

有名繊維メーカー、

そこそこ有名な新聞系広告代理店。

文壇で有名な、ナチュラリストの方の名前も頻繁に飛び交う。

 

私は、そのなかに存在できたことだけで、

幸福感に満ちていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

制作室は3階にあり、

なんか、毎日二日酔いのチーフの男性がいて、

6時になると、時計を眺めては、

 

「M広行ってきまーす。おつかれっす。」

と、言っては、M広の相棒と飲みに行ってしまい、

 

ふーーーん、

 

デザイナーでも定時にあがれるんだあ、

と、羨ましくもあった。

 

まあ、そのSチーフ、仕事は速いの。

クオークの達人みたいで。

 

速いっていうか、

アシスタントや、4階のライターさん、

カメラのアシスタントさんに、

 

どなりまくり、怒りまくり、

蹴散らしまくり、

 

ご自分は、椅子に座ったまま、

原稿、ポジ、イラスト、その他諸々、

すべて、目の前に置かせるまでは、MACに触らないの。

 

普通さ、

 

デザイナーの領域でしょ?

みたいな、ラフ用の借りポジ屋のカタログ探しなんてのも、

全部人任せだから。

 

だから、速いの。

 

だって、後はテキスト流しこんで、画像ボックスに写真貼るだけだし。

 

おいおい、って突っ込む私。

 

私は「外部」だから、いささか穏やかに応対してくれるらしい。

 

他の、それがOさんであっても、

 

「材料全部よこせっていってんだろっ!!!」と、

暴れるくん。

手がつけられないっていうか、

 

ただの、二日酔い暴れ馬だから。

 

「ねーーSさんさーーー、それ自分でやったらあ?」

というと、

となりのアシスタントのNちゃん、

「いいんす、いいんす、私がやれって言われたんす。」

と。

 

上のライターMさんも、

「いいんすよ、氏家さん。Sさんの原稿は私がやるんで。」

と。

 

ふたりの、ぴちぴち20代女子は、

 

もーーSさんとらないでよねーーー!光線がびりびり。

 

対してカッコよくないし、

二日酔いだし、

髪ぼさぼさで、

 

朝来ると、おえーーって、変なげっぷするし。

 

 

なんで?

なんで?

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

いあやーー、

それが、わかったのは、

 

飯田橋に来て、数ヶ月して、

 

初めて参加した、仕事帰りの飲み会。

そして、二次会。

 

メインは二次会らしく、

Sさん、るんるんのカラオケボックス。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

鳴れた手つきで、ちゃちゃっと自分の選曲。

 

とりあえず、

 

さきに、女の子やら、アシちゃんやらに歌わせて、

 

盛り上がりと、酔いが回ってきた最高潮で、

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

♪~~~♪ ちゃららら~~ん~~♪

 

J-WALKの十八番。

 

「綺麗な指してたあんだねえ~、知らなかああったよう~♪」

 

 

うわっ!

 

 

上手いのよ、、歌。

 

 

めちゃうま、そっくりさんぐらい上手い。

 

で、

 

となりのNちゃんひきよせて、

 

 

Nちゃんの「綺麗な指」を持ち上げ、目をじっと見ながら、、、、

 

 

 

Nちゃん、うっとり、めろめろ、うれしそう!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

あっ!!

 

 

これね!!!! &

 

つんでれ!!! & 

 

ぼさぼさよれよれとの「ギャップ」ね!!!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

女子チーム、いちころ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ふーーーんーーー。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

私、、しらあーーーーっと、

 

レモンサワー飲みながら、

 

とか、なんだか、悪気はないんだけど、、、

 

同業者として、けしからん!

と、思ったのか、何なのかわかんない。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

とにかく、

 

 

ぶち壊したくなっちゃったの。

 

 

私、、、、。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

その、Sさん崇拝の、なにやらを。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

続く

私の軌跡ー3-9

フリーランス

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でかっ!

ま、いいか。

 

堂々としていたいから。

 

久しぶりの、3章。

 

お忘れかと思いますが、

G社A社長からの軋轢で、ひとり、ぽいっと放りだされ、

すごすご、ムサビ友達やら、妹やらに、愛想つかされ???

 

まあ。元旦那?のY君と、長男と暮らしておりましたところ、

 

うずうずと、仕事の虫が這い上がり、

私は、自宅に高額MACセット一式を買い込んだのでした。

 

3人家族のほんわか同居は、多分、最初の半年かな。

 

名刺フォルダーに山ほどの人脈。

 

これが、私を前に押し出し、

 

とんとんとん、、、、、と。

 

ある大手醤油会社の子会社、

 

T醤油のCIをプレゼンしてしまったのでした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

もともと、スタジオフリーのバブル期に、

 

父親関係のリゾート、政界、芸能界、もろもろの、

お偉い方との交流は、なぜか続いており。

 

私は、その中から、とても優しく小柄な、品の良いある方に連絡をしたのです。

 

お名前からも、醤油関係の血筋、M氏。

いや事実は知りません。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

が、

 

T醤油(株)のCI=コーポレートアイデンティティを、

たったひとり、埼玉で暮らす、

フリーランスの私に託して下さったのでした。

 

親会社のH醤油の本社T葉県、社長との顔合わせ。

 

 

なにやら、和食の個室の接待を受け、

お酒好きの社長から、ぐびぐび注がれる日本酒を、

ぺろりぺろりと、たいらげてしまった私を、いたく気に入ってくれ、

 

その醤油や血筋のM氏も、ご満悦でした。

 

そして、数日後、

 

社名ロゴデザイン、社名英文ロゴデザイン、会社マーク。

名刺全員分デザインから印刷まで。

社史編纂からデザインから印刷まで。

会社案内企画デザイン、印刷まで。

商品カタログデザイン、印刷まで。

 

パッケージデザイン、全アイテム一新。

 

これが、私ひとりに託されました。

 

金額にすると、数千万円。

 

とりあえず、ロゴマークのデザイン料として、

 

300万円が振り込まれました。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

その頃、実家では、夫婦喧嘩勃発。

 

あーーーーー、もーーーーーーー、

めんどくさ。

 

 

実家には息子預けっぱなしで、

 

私は仕事に没頭しました、、、、、。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

どこで?

 

 

そ。

 

 

どこで?

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

T版印刷とつながりのあった私。

 

ひとまず、印刷はT版かな?

と、思っていたら、

ロットが小さすぎると言いやがる!!!!

 

なんだとーーーーー!!!!

 

でね、

 

紹介されたの。

 

いい受け口のデザイン事務所あるからって。

 

たしかに、個人で数千万の仕事したら、

また国税に何いわれるやら。

 

でもって、飯田橋へGO!

 

B社O氏を紹介されました。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

かなり、メジャーなクライアントを持ち、

物腰やわやか、体形もふくよかな、O氏。

 

私の「氏家」の名前を気に入って?くれて、

 

「氏家さん!そんな大きな仕事、個人でやったら、

再来年の住民税すごいことになって大変だよ!」

 

「はあ。」

 

「ひとまず、うちの会社が代理店になるから、うちの名刺つくって、

会社に氏家さんのMAC持ってきなよ。」

 

「はいいっ!」

 

また、はいいって、

 

私は、翌日には、飯田橋のデザイン事務所B社の制作室に、

 

 

私専用の机と、デザインと編集スタッフがつけられたのでした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

嵐の予感。

 

でも、嵐の怖さ、まだ知らない。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

続く