スタジオフリーの物語

80年代を駈け抜け30年、ようやく過去の私と向き合う

3章 スタジオフリー崩壊までの話

私の軌跡ー3-11

ここで遭ったが百年目 <※フィクションとしてお読みください。> 私、冬の木って好きだと思わなかった、昔は。 さて、 B社での出来事の続き。 B社は、一応広告制作会社だった。 Sさんという、アル中歌ウマチーフデザイナー。 ダブルOさん社長、副社長の話。 …

私の軌跡ー3-10

JAGDA この山の頂上に、未知との遭遇の大型母船UFOが乗っかった、有名ななんとかって場所。 かつて、デザイン料金は、JAGDAの料金システムといものがあり、 一応、建前上、大手D通の体系が記されていて、 私も、スタジオフリー立ち上げ後、数年して導入した…

私の軌跡ー3-9

フリーランス でかっ! ま、いいか。 堂々としていたいから。 久しぶりの、3章。 お忘れかと思いますが、 G社A社長からの軋轢で、ひとり、ぽいっと放りだされ、 すごすご、ムサビ友達やら、妹やらに、愛想つかされ??? まあ。元旦那?のY君と、長男と暮ら…

私の軌跡ー3-8

崩壊とメタモルフォーゼ?????? G社A社長このやろう、ばかやろう。 なんだか、もう、人を信用することができなくなっていて、 <偽善者>ばっかじゃん、世の中! と。思っていました。 息子と、Y君と、3人で暮らしたいな。 普通に。 Y君からすれば…

私の軌跡ー3-7

崩壊<フィクションとしてお読みください> 連日、箱崎缶詰状態、くたくた。 ある日、A社長から、本社の会議室へ呼び出された。 「自分(私)なあ、Wさん、大阪のせんせんとこ、 毎晩、FAXで自分(私)んこと、あることないこと、書いて送っとんやで。…

私の軌跡ー3-6

崩壊<フィクションとしてお読みください> 赤羽の叔父撮影 もう、完全に理解できた。 本店の方々が、私に罵声を浴びせても、 G社が私が逃亡しないように、見張りの人間をつけ、 大阪の○○○税理士のところへ新幹線で行っても、 ひとりとして、 「大丈夫です…

私の軌跡ー3-5

崩壊とメタモルフォーゼ-3<フィクションとしてお読みください> <1992~1994年ごろの話です。> いや、とりあえず、わけもわからぬまま、 私と妹は洗礼を受け、人質(?)ふたりづづを持ち、 ただ、これまで、事務所経費やら人件費やら、 あれこれの資金…

私の軌跡ー3-4

崩壊とメタモルフォーゼ-2<フィクションとしてお読みください> <1991年頃の話です。> スタジオフリーがすっぽり収まった、G社。 妹の友達パパA社長との約束事はこうでした。 ●スタジオフリーは登記上残す。(本店・港区) ●流通D社のパッケージデザ…

私の軌跡ー3-3

崩壊とメタモルフォーゼ-1<フィクションとしてお読みください> 写真はモルフォチョウ ご存知のとおり、蝶は「蛹」から羽をもった美しい蝶になります。 私は、赤羽の祖母に、よく上野の国立科学博物館へ連れて行ってもらいました。 帰りは、決まって土産…

私の軌跡―3―2

パッケージデザイン 美大には、将来、レコードジャケットや、映画のパンフレットのデザインがしたくて、はいりました。 が、しかし! 卒業する頃には、レコードジャケットではなく、CDが蔓延りはじめ、 わっ! ちっさ! もう、ダメ、こんな小さいものに、 ヤ…

私の軌跡ー3-1

転機へのカウントダウン 再度、書くべし、書くべし、書くべし! もうね、いいよ、すっ飛ばして書く。 スタジオフリーは、1章後半で書く予定の、 わたくし妊娠中の、謀反劇によって、窮地に追い込まれておりました。 赤坂の事務所家賃は、バブルのまま、10坪…