スタジオフリーの物語

80年代を駈け抜け30年、ようやく過去の私と向き合う

私の軌跡ー1-1

伝説の?女の子ばかりのデザイン事務所「スタジオフリー」

f:id:indigoshake1357:20160710140331j:plain

「スタジオフリーの氏家です。」

今日から、ブログ始めました。

 

どきどき。

 

私もどきどきですが、

このページをたまたま読んでおられ、

 

「あ!」と思われている方々。

 

大丈夫です。

もうすでに、30年以上も経っているのですから。

 

上の写真は、1980年代、(株)スタジオフリーの初期メンバー勢揃いの、

第一回軽井沢合宿のワンショットです。

 

この頃の私(達)は、大人の常識ぶち破り、迷惑なんてそっちのけ。

 

そこのけそこのけ、私(達)が通る、そのまんまでした。

 

フィットネスブームをつくるという高い志をもち、

せっかくアメリカの出版社の権利を取得し、

大手M製菓(株)健康産業部が準備万端、

きちんと、ちゃんと、

創刊された、

日本初女性のためのフィットネス情報月刊誌「FIT」。

 

私(達)は、ちらりと現れ、

きちんと、ちゃんと、

大人のプロの皆様が編集もデザインもしていたというのに、

 

まだまだ、ひよっこの新米デザイナーの、

(株)スタジオフリー代表取締役の氏家は、

臆面もなく、創刊第2号目に、

 

ほぼ、ほぼ、のっとってしまったのでした。

 

そんな、台風娘たち全盛期の写真です。

 

後列 左が私、氏家理為です。

ウジイエ リイと申します。

 

どきどき。

 

スタッフの面々は、J子さん、Tこさん、Y江さん、R歌さん、Y美子さん、

下の名前思い出せない、ごめんねのI井さん。

 

この写真には、登場していませんが、Iずみさん、T子さん、また別のT子さん。

 

その後現在に至るわけですが、油絵作家、アンティーク輸入で大成功、大手イベントブースデザイン会社、はたまたイラストレーター、出版社経営等々。

 

現在、普通の専業主婦(平成28年現在)の私なんぞ、比較にもまりません。

 

 

(株)スタジオフリーは、昭和58年に発足後、最終的には三分割されます。

 

ひとつは、私率いるパッケージデザイン会社。

ひとつは、フィットネス雑誌の出版社、

もうひとつは、独自のデザイン事務所~アンティーク輸入デザイン会社。

 

皆様、お元気ですか?

 

この、スタジオフリー物語。

 

私の自分史とともに、

 

書こう!

過去の私と向き合おう!

 

と、思います。

 

どきどき、しますか?

大丈夫ですよね? 

 

いや、私がです。

 

 

続く