スタジオフリーの物語

80年代ホップ、2017年ステップ、NOW。

私の軌跡ー1-1

伝説の?女の子ばかりのデザイン事務所

「スタジオフリー」

★後日談2017.12.23記あり

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「スタジオフリーの氏家です。」

 

今日から、ブログ始めました。

 

どきどき。

 

私もどきどきですが、

このページをたまたま読んでおられ、

 

「あ!」と思われている方々。

 

大丈夫です。

もうすでに、30年以上も経っているのですから。

 

上の写真は、1980年代、(株)スタジオフリーの初期メンバー勢揃いの、

第一回軽井沢合宿のワンショットです。

 

この頃の私(達)は、大人の常識ぶち破り、迷惑なんてそっちのけ。

 

そこのけそこのけ、私(達)が通る、そのまんまでした。

 

フィットネスブームをつくるという高い志をもち、

せっかくアメリカの出版社の権利を取得し、

大手M製菓(株)健康産業部が準備万端、

きちんと、ちゃんと、

創刊された、

日本初女性のためのフィットネス情報月刊誌「FIT」。

 

私(達)は、ちらりと現れ、

きちんと、ちゃんと、

大人のプロの皆様が編集もデザインもしていたというのに、

 

まだまだ、ひよっこの新米デザイナーの、

(株)スタジオフリー代表取締役の氏家は、

臆面もなく、創刊第2号目に、

 

ほぼ、ほぼ、のっとってしまったのでした。

 

 

そんな、台風娘たち全盛期の写真です。

 

後列 左が私、氏家理為です。

ウジイエ リイと申します。

 

どきどき。

 

スタッフの面々は、J子さん、Tこさん、Y江さん、R歌さん、Y美子さん、

下の名前思い出せない、ごめんねのI井さん。

 

この写真には、登場していませんが、Iずみさん、T子さん、また別のT子さん。

 

その後現在に至るわけですが、絵画作家、輸入インテリアで大成功、大手イベントブースデザイン会社、はたまたイラストレーター、出版社経営等々。

 

現在、普通の専業主婦(平成28年現在)の私なんぞ、比較にもまりません。

 

 

(株)スタジオフリーは、昭和58年に発足後、最終的には三分割されます。

 

ひとつは、私率いるパッケージデザイン会社。

ひとつは、フィットネス雑誌の出版社、

もうひとつは、独自のデザイン事務所~輸入インテリア会社。

 

皆様、お元気ですか?

 

この、スタジオフリー物語。

 

私の自分史とともに、

 

書こう!

過去の私と向き合おう!

 

と、思います。

 

どきどき、しますか?

大丈夫ですよね? 

 

いや、私がです。

 

 

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<★後日談2017.12.23記>

 いやー、これがブログの初めての1ページ目。

websiteのようなものに、着手したのも、ほぼこのページが初めて。

FBでデビューして、多分3日目くらいかな。

写真を文の間にソートして表示される、

要するに、雑誌的なものを想像してたので。

どーーーしても、FBではなく、ブログを書くことになったのでした。

 

やってみたら、あーーーーー、私は文章書くことが大好きだったんだ!

って気が付いたの。

 

今は、FBフレンドも増えましたが、最初はデビューして、お友達になってくれたのは、高校の同級生、美大塾の研究所の友達10人くらいかな。

 

手取り足取り、FBも、ブログ選びも、なにもかも教えてくれて。

 

もう35年以上の時間の空白は、まったく感じなく、

ぴくり、とも思い出すことのなかった「清瀬高校生」だった自分を思い出したよ。

 

それと同時に、あまりにも、この35年に、自分で自分に決着をつけなかった出来事を、

真正面から直視しよう!

 

って、思った。

 

いまや、この「スタジオフリーの物語」の冒頭と同じく、

現実に「スタジオフリー」が復活していて、

旧姓だった、10年も思い出すことのなかった「氏家」という因縁の姓。

 

今日2017年12月23日現在、

正真正銘、名実共に

「スタジオフリーの氏家です」

ネットショップ studiofree.com

www.studiofree07.com

頭で考える前に、やってみて、考えて、

進め、止まれ、は自分で決めていいんだよ!

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私の軌跡ー1-2へ続く