スタジオフリーの物語

80年代を駈け抜け30年、ようやく過去の私と向き合う

私の軌跡ー5-1

 普通の定義

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現在の小学校です。

懐かしい風景かな?

 

また、いきなりワープして、平成時代にやってきました。

 

 序破急の、「破」か「急」かを、先に書きます。

 

数年前、普通の主婦を目指し、普通に結婚し、普通に子供を生み、

普通にパートなんぞをしておりましたところ。

 

 指の第一関節あたりを、パート先の機械で潰し、

 

 

ぽろっと、もげてしまったのでした。

トレタノ、ユビガ、ポロッ、ト。

 

びっくり。

 

 当然、救急車で救急搬送されて、

労災事故で、

大きな病院の偉いお医者様が、顕微鏡みたいなのを見ながら、

くっつけてくださいましたとさ。

 

 めでたし、めでたし。

 

 じゃ、ございません。

 

 私、半年治療に専念して、事務で復帰したのでございます。

 同じ会社に。

 

だって、住宅ローンが、まだあと25年ぐらい残ってるし、

普通の主婦だし。

 

 争うより、安定かな。

 

 と、復帰いたしましたの。

 

正社員で。

 

 労災事故が原因で、会社は私を解雇できないし、

このまま、安定を、との道を進んでおりましたの。

 

でもね。

 

人の業、というか、道というか、ぐるぐるというか。

 

 私が以前、社長業だった頃、

事務やら営業やらしてくれた、大切な社員に、

 どんどん、どんどん、仕事を押し付けたように、

 

それこそ、時空を超えて、

 

 私は、仕事を押し付けられる側になっただけでした。

 

 うーん。

 深いぞ、人生は。

 

と、思い。

 

もしかして、このぐるぐるは、20年前のぐるぐる、30年前のぐるぐるの、

立場がかわっただけの、スパイラルかもしれない。

 

 私、自分を置き去りの、ただのお人好しを演じるのを、 断ち切らないといけないことに、気づいてしまったのです。

 

 そして、私は、会社を辞め、

 会社を相手に、

 弁護士さんにお願いして、

 

後遺障害の損害賠償請求の裁判、

 

およそ1000万円の民事訴訟を起こしたのでした。

詳しいことは、まだ書けません。

 

 私、こう見えて、

 これまで、他人や上司や、取引先に対して、

本気で怒ったことがないのです。

 

 これが、諸悪の根源。

 

 トラウマになった、私の軌跡ー3で、書こうかなと思っている出来事に、

リンクするのだ。

 

と、思いまして、ーーーはいーーー。

 

会社の社長は、多分、相当びっくり。

だって、

「普通の主婦」が、弁護士雇って、

 本気で損害賠償の民事訴訟なんて、起こすはずがありませんもの。

 

 いいの、負けても、勝っても。

お金が欲しいのでは、ございません。

 

事務に復帰して、およそ1年過ぎたある日、

再び安全配慮に欠ける、社長の本音を聞いてしまったのです。

 

「収入の部」以上の従業員を雇ってみたり、

「支出の部」で足りない部分は、身銭をきらずに「おかあさーん。お金ある?」だし。

 

とどめは、法定時間を越える時間外勤務の方々には、

「儲かったらボーナス出すから。」

「正社員ししてあげるから。」と、できもしない約束をし、

 

支払い足りないわりに、「俺の給料は?」と毎月毎月。

 

100時間越えの従業員に対する、怪我病気の安全配慮の危険性を、

提案させていただく機会が、何度もあったのでございます。

 

「そんなの、<起こってから考えりゃいいじゃん!>」

 

これです。

 

被った側は、指の先短いんですけど。

菜ばし、使えないんですけど。

見た目、キモいんですけど。

指先、骨が途切れて、鍋持てないんですけど。

 

ぷつっと、頭の中から、まるで、ナウシカのオウムの怒りのようなものが噴出し、

戦うぞーーー!の私が出現してしまったのでした。

 

わかってない!こいつ!

怪我したときに、救急車も呼べず「ごめんーーー。ごめんーーーー。うっ。うっ。」

と、社員の前で、おお泣きしていたあなたは、いったい何なんだ!

 

決着つけようじゃないの!

 

だって、

会社は、勝っても200万、負けたら最高1000万円の負担ですからねーーーー。

 

ふん!

 

普通の主婦も、怒るときは怒るんです。

 

 

 

続く