スタジオフリーの物語

80年代を駈け抜け30年、ようやく過去の私と向き合う

私の軌跡ー4.3-1

天国の門

f:id:indigoshake1357:20160714193222j:plain

こんな感じのね、

 

まあ、これはベルサイユ宮殿ですが、

 もっと巨大な、

 そう、スカイツリーか、サンシャイン60か、

 

ぐらいの、

 

とっても、綺麗な、金色の門の下から、

 

ただ、ぼーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー っと、

門を眺めていました。

 

シャラランーーーー。。。。。。シャラランーーー。。。。。。

 

柔らかい、金属でもなく、ガムランでもなく、お寺の鐘でもなく、

貝殻の風鈴でもなく、

 

当然、いとしのエリーの冒頭でもなく。。。。。。

 

気がつくと、記憶から3日過ぎていて、

8月2日ぐらいになっていました。(注 90年代半ばのお話)

 

たしか、アパートで、薬を飲んで、、、、、、、、、

 

7月末だったはずだなあ、、、、、、、、、、、、、

 

 

 私は、

 

 

 病院の、ICUで寝ていました。

 

特に、死ぬつもりもなく、

ただ、安定剤とか、睡眠導入剤とか、

 

ただ、鬱病で、毎月たくさんの種類の薬はもらうし、

薬も、今じゃ、あまり処方してもらえないような、

ショッキングピンク色の睡眠薬は、普通の人の何倍ももらっているのだけど。

 

 別に、自殺なんかしようとは思ってなくて、

 ただ、ショッキングピンク色の睡眠薬を、3シートぐらい飲んで、

 

  なんだか理由はないけど、

 

 アパートの鍵とチェーンをかけただけ。。。。。。。。。

 

 ん?

 

 私、少し死んでたのかな。。。。。。。。。。。。。。。。

 

 だって、

 酸素マスクも、なんか、炭だらけだし、チューブいっぱいだし。

マスク外そうとしたら、看護師さんが、酸素と点滴は絶対外しちゃだめって。

 

 左下見ると、5リットルぐらい入りそうな、でっかいビーカーみたいなやつが、

 1時間でたっぷたぷになるほど、おしっこが出てるらしい。

 

 身体なぜか拘束帯ついてるし。。。。。。。

 

 丹波哲郎じゃあるまいし。まさかねえええ、、、、、、、、。

 

 そして、5日間ICUのベッドにいて、うつらうつら。

 

 入れ替わり、立ち替り、研修医やら若いドクターみたいな人が、

 どうですか?と、聞きながら、

 ふーーーん。珍しいですねええ。

 

右側下にして、まるまる2日だったのに、左足が麻痺するんですねええ。

左足を触って、ここわかりますか?と、という。

 

メンドクサイから、全部、

 

物も、

 

人も、

 

お母さんも、お父さんも、

 

妹たちも、しがらみ全部いらないや。

 

 

と、思いました。

 

 

 

続く