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スタジオフリーの物語

80年代を駈け抜け30年、ようやく過去の私と向き合う

私の軌跡ー5.3-1

#.3章 天国の門

またかい!

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2005年に17歳下の旦那と結婚し、2007年に長女が生まれました。

 

身体は大人、頭脳は子供。

江戸川コナンの逆バージョンな旦那の話。

 

いやいや、そりゃね、はるかに年下ではあるけれども。

 

多分、ずーーーーと、頭ん中、6歳ぐらいだと思う。

うちの旦那。

 

結婚が43歳ぐらいで、長女の出産は、45歳だったもので、

今よりも、どこの産婦人科でも、「年齢的にねえ……。」とおっしゃり、

でも、私は長男の子連れだから良いもの?の、

このお方は初婚子なしじゃあ、

とりあえず可愛そうでしょ、と。

 

しかも、

脳天気に、「俺、出産経ち合いたい!」とウキウキしておる始末。

 

いやいや、君が思ってるほど、神聖で神々しいものではなく、

多分、近くにいたら、あんた殴り倒すか、

フォークあったら、頭にぶっさすよ、私。

 

と、言っても聞かず、立ち合う立ち合う、聞かないもんなので、

 

んーーーーーーーーー、じゃ、やったことないし、

仕方ないから、無痛分娩にしよっかな、と。

 

そして、まあ、十月十日経った日、その日がやってきました。

 

私の場合、検診ごとに「年齢的にねえ」な上、

胎盤の位置が悪く、

妊娠6ヶ月ぐらいに、大病院の高リスク妊婦として、転院してちょうだいね、

とのせんせからのお達しが。

 

えーーーー、せっかく無痛のところ探したのになあ、と、

しぶしぶ大病院に転院したばってん。

 

でも、おなかの子供は、私の頭の中を知っているかのように、

胎盤の位置を、普通の位置まで、少しづつ少しづつ移動してくれましてのう。

 

臨月間近に、最初の無痛おっけーの病院に戻れましたとさ。

 

でね。

 

いざ、お産当日。

 

「せんせ、そろそろ痛いかもーーーー。やばいかもーーーー。」と申しましたところ、

背中に刺した点滴みたいなやつに、

 

ちゅーーーーっと、薬が入ったら

 

あらまあ、不思議。

あの、フォークブッ刺したくなるよな陣痛が、ひゅーーーっと治まったのでした。

 

して。

 

すぽん、と生めたの。

いい感じに、すぽん。

 

やーーー、楽だな、こりゃ。

と思ったのもつかの間。

 

なんか、せんせの顔色が、さーーーーーーーっと、

漫画でいうところの、縦に罫線100本ぐらいが、顔やら頭に入ってる図か?

みたいにね、あわて始めたわけですたい。

 

先生から看護師長さんから、勢ぞろいで、

せっかく、痛くないお産をしたばかりの、私のお腹を、

 

ぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっ!

 

みんなで、一斉にもみ始めてね。

 

あいででででででででででででで!

あいででででででででででででで!

あいででででででででででででで!

 

お産より、痛てーーーーーーーーーわこれっ、

何?

せっかく無痛で生んだのに、もうやめてやめてやめておくんなまし!

 

お腹も胸も、

肋骨折れますがな、ほほほほ骨が折れるーーーーーーー!

 

となりにゃ、へその緒切って、

「ハム切ったみたいだったあ。」と、ぽわーーーん顔で、

手にハサミチョッキンで、幼稚園児みたいな笑顔で、ご満悦な旦那。

 

「ご主人、外行ってくださいいっ。」

と言われ、

 

ぎゅうぎゅう、どんどん、ぎゅうぎゅう、どんどん。

 

あ、痛いけど、眠い、痛いけど、眠い、痛い眠い。

眠いから眠っちゃえ。

 

 

あ、、、、、、まっくら、、、、、、。

 

 

あ、なんか、やばいぞ、

まっくらって何だ?

まっくら。

 

なんか、知ってる。

 

やば、

ぴかぴかの門出できたら、多分、私、門開けるわ。

 

またか?また死んだのか?またか?

おいおい、あいつに赤んぼの世話、絶対無理。

 

起きろ、起きろ、私!

遅刻だ、遅刻するぞ、私!

遅刻するーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!

 

 

ぱち。

 

「あと100か200cc、血ーでたら、死んでたね。

もう、じゃーじゃーじゃーじゃー出てるし、良かったよ、血ー止まって。

多分ね、1500以上出たね。ふう。」と、せんせ。

 

とま、入院長引きましたが、なんとか遅刻せずに、間に合ったようでした。

 

もうね、2回死ねばね、

もうね。

いいよ。

もう、

生きるよ、普通に。

 

 

続く