スタジオフリーの物語

80年代を駈け抜け30年、ようやく過去の私と向き合う

私の軌跡ー2-4

 日本沈没

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父親です。

氏家翰道。

うじいえ ふみみち、と申します。

 

やはり、ふみ?とは読めない、パソコンで変換できない名前の持ち主です。

 

これは、正確に何年ごろの写真かはわかりませんが、

おそらく、

TVラジオの交通情報を、ヘリコプターで上を飛んでいるパイロットが、

実況している昭和40年代ではないかと思います。

 

朝のニュース番組では、「では、ニッポン放送の氏家さーーん。」と呼ばれ、

渋滞や事故などを父が伝えていました。

 

この頃、日本沈没や、ノストラダムスの大予言、タワーリングインフェルノなど、

パニックムービーが大ヒットしていました。

 

父は、海外出張のない、国内の仕事のとき、

しょっちゅう、私たちが通う小学校や自宅の、

もう手が届きそうな、建物の3階ぐらいまでの高さまで、低空飛行しては、

 

「おーーーーい!」と呼んで、上空をくるくると旋回して遊んでいました。

 

なので、

日本は島国で、ひょっこりひょうたん島みたいに、海の上に、ぷかぷか浮かんでいると思っていた私は、

「日本が沈没する前に、お父さんはヘリコプターで、おーーーい!って来るのかな。」なんて思っていました。

 

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現在は、長野で、16歳だか17歳だか年下の奥さんと、巨峰農園を借り、葡萄づくりをしています。

 

しかし、ヘリコプター好きは変わらないようで、

 

ある日、上の息子が小学生の頃、

初めて長野に遊びに行ったとき、

「ここでちょっと待っとけ。」と、私らを空き地に残し、すぐ近くの小高い山から、

 

「おーーーーーーーーーい!」

と、ちっちゃいヘリコプターに乗った父が、すぐ上空をばらばらと、

旋回してしてきました。

 

それ、誰のヘリコプター?

 

続く

 

15年前くらいの父

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