読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

スタジオフリーの物語

80年代を駈け抜け30年、ようやく過去の私と向き合う

私の軌跡ー4ー1

言葉の威力と、いやだと言える勇気

f:id:indigoshake1357:20160726163045j:plain

3章後半部分は、あとで書きます。

 

まあ、とにかく私は、国税局の方々に、最後まで「自分が使いました。」というスタンスを変えませんでした。

 

その後、はた、と気づいた事柄に、

「嘘も百回言えば真実になってしまう。」こと。

 

嘘を言っている当事者も、自分の発した言葉の威力、

100回も1000回も同じ嘘を言い続けると、

いつの間にか、その人自身も嘘が真実であったと、脳にきざまれること。

 

視覚聴覚の情報伝達で、真実が変化する。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

紆余曲折あり。

 

税務署騒ぎのあと、G社から、私ひとり放りだされただけで、

そのまま、妹を含めたスタッフ、ムサビの友人、

何も変わらず、そのままD社のデザインを継続していました。

 

私は、実家から、派遣会社へDTPオペレーターの登録をし、

最初は年下の印刷会社社員に、頭を下げる自分に違和感を感じていましたが、

1年もすると、自分が以前社長であったことさえも、幻っだったんじゃないかと、思うようになりました。

 

1995年頃、父親は長野オリンピックのジャンプ台を造成する仕事のため、

ひとり長野へ単身赴任をしていました。

 

母親は、更年期障害や糖尿病を患い、体調も悪く、

いつも愚痴やいらいらを家族に撒き散らしていました。

 

私が社長でなくなり、社長でなくとも経済的に頼れる存在でなくなり、

両親ともに、「りーこ、~~してちょうだい。」が不可能になってしまったのです。

 

お定まりのコース?か、長野で父親に、恋人ができました。

 

私は、社長業で垣間見た、経済力や地位のある、妻子ある男性の恋人の存在は、よくあることだと思っていたので、あまり気にせずにおりました。

 

ある日、

単身赴任から、一時帰宅していた父親が、眼底出血で目は真っ赤、

顔中あざだらけ、身体をまっすぐにできず、脚も引きずっていました。

 

話を聞くと、

相手の女性にも配偶者がおり、その方は長野では有名な地主権力者だと。

 

そして、ふたりの関係に怒り、ぼこぼこに殴られて帰宅したのです。

 

「ごめんな。」と、父親。

 

これで、関係修復かなと、思った矢先に、

フィットネスジャーナル大成功の、元スタジオフリー社員のN氏が、

妻である上の妹を連れて、乗り込んできました。

 

「氏家家は崩壊してるんだから。」

 

どういう意図かは、未だわかりませんが。

 

この、ブログをはじめるきっかけとなった、父親からの7000枚を超える、

家族写真のデータ。

 

多分、うちは、週末には家族で出掛けたり、誰かの運動会にみんなで応援にいったり、

態度は大きいけど元気な母と、ヘリコプターの操縦が好きな父親、4人姉妹。

仲が良かった家族だったはず。

 

これは、真実だったと思います。

 

家族のパワーバランスが崩れ、心身ともに健康でなくなったとき、

「氏家家は崩壊している」の言葉は、全員に重く、重くのしかかりました。

 

少なくとも、私には許しがたい言葉の重さでした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして、1997年の夏休み。

 

DTPの徹夜近い仕事を終え、実家に帰宅しました。

 

リビングやキッチン、家財道具がない。

2階に上がる。

桐の箪笥と、端午の節句の日本人形だけひとつ。

 

私の部屋。

MAC一式、集めていた映画のパンフレット、レコードが、全部ない。

 

わけがわからない。

 

父親は、長野。

でも、連絡先も知らない。

 

おとといか、昨日か、

お母さん、たしか、普通に会話していた。

 

三番目の妹の携帯に電話した。

 

「お母さんと長男、どこ行ったか知ってる?」

 

「知ってるけど、教えない。全部お姉ちゃんが悪いんでしょ?」

 

「私のMACとか返してよ。」

 

「もらったものは、返さない。」

 

 

何か、何か、何か、何か。

 

ひとつ、思い出した。

 

おととい、長男と公園で遊んだとき、

冗談だと思っていた会話。

 

「俺さ、引っ越すの。」

「どこに?」

「かみふくおか。」

「へーー。」

「俺はさーー、ママと住みたいんだけどねーーー。」

 

そう言いながら、公園をくるくると走り回った。

 

とにかく、これは、誘拐だ。上福岡へ、とにかく、行って、交番へ。

 

「んーーー。ご家族同士の場合は、事件としては扱えないので、一応捜索願いだけ書いておいてくれる?でも、たくさんいるから気長に順番待つしかないねえ。」

 

 

もう、全てなくなった。

 

 

人も家具も、何もない実家で、人生で初めて、大声で泣いた。

 

 

続く