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スタジオフリーの物語

80年代を駈け抜け30年、ようやく過去の私と向き合う

私の軌跡ー4.5-1

蜘蛛の糸

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幸い、側を見ますと、翡翠(ひすい)のような色をした蓮の葉の上に、極楽の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけて居ります。御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと御手に御取りになって、玉のような白蓮(しらはす)の間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを御下(おろ)しなさいました。(芥川龍之介 蜘蛛の糸より)

 

4章ー2以降は、またいずれ書きます。

 

私は、小学1年生の息子と、ふたり。

元家族は、この世にいるけど、存在しないと自分に言い聞かせました。

 

当時はまだ、印刷物のデータをMACで作ることができる、

DTPオペレーターの時給はとても高く、

帰宅時間さえ何とかすれば、ふたり暮らすには十分な給料でした。

 

まだこの頃の私は、児童扶養手当など、

自治体からのありがたい給付金などを、いただくという発想も知識もなく、

なにしろ全部自分で稼ぐのみ、働け働け、しかも自分の分野で。

 

小学校のあとは、学童。

当然、お迎えの時間などに間に合わず、

なんと、シッターさんを雇い、深夜まで働きました。

 

そんな生活が続くはずがなく、

もう、身も心もくたくた。

 

そう、鬱病を患いました。

 

今ほどメジャーな病でなかったためなのか、

知識不足のためなのか、

心療内科に行くことができた頃、

もう重度、寝たきり状態になっておりました。

 

学校へ行かせる気力もなくなり、

何もできない。

 

ええい、ままよ、と、

市役所にとりあえず、電話をしてみたのです。

 

「それでしたら、おそらく生活保護可能です。」

 

福祉の担当者がすぐ来てくれて、

とんとんと、話は進み、

生活保護を受給するようになりました。

 

人間、安心できすぎると、転がるように、病を重くしていくようで、

私は、ただ、息をし、トイレへ行き、食べ物を食べる。

 

人間としての生活ではありません。

 

ただの、虫ではないかと、思っていました。

 

長男は、運よく(?)プレステのFF11で、

チャットをしながら生活していたので、

平静を保つことができたのかもしれません。

 

私、社長にベンツ、国税局に、一家離散に、派遣に、生活保護だって。

 

人生、逆再生だなあ、、、なんて、

薄汚れた、茶色い天井と砂壁を、ぼんやりと眺めているか、

眠っている毎日でした。

 

ああ、目が覚めたら、虫になってたらいいな。

 

いつか、白い壁や天井の家に、戻ることができるのかなあ?

 

毎日、そのように、うつらうつらしながら、

 

地獄の血の池の、生ぬるい、生臭い泥の中にもぐっている。

 

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4.3-1で、救急搬送され、ICUで過ごし、天国の門には入らず、

また、この薄汚れた天井を見ている。

 

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ワープ。

 

私は、泥の中から、天を見上げ、一本のきらきらとした蜘蛛の糸を発見しました。

 

自分の頭に従わず、強ばらず、

流れに、大きな、強い、流れに、身をまかせて、

 

その1年後に、今の主人と結婚し、

「氏家家」と、

「うじいえ りい」という、名前を、自然と捨てたのでした。

 

続く