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スタジオフリーの物語

80年代を駈け抜け30年、ようやく過去の私と向き合う

私の軌跡ー5-0

名前

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写真は、新婚当時の両親と私、父28歳、母23歳。

 

父は、北海道の旭川出身。

母は、九州福岡県か宮崎県の出身。(祖父の仕事で転々としたらしい)

 

北と南で、どのように出会い結婚したのかは、未だ謎です。

聞かないまま、母は69歳で亡くなっているからです。

 

この写真は、保谷市。

私の母子手帳も、保谷市ひばりが丘で出生と記されています。

 

母は東京に強い憧れをもっていたらしいので、

東京赴任が決まった父に、いそいそ着いて来たに違いないと、推測しています。

 

母の旧制は、「篠崎」。

母方の先祖は黒田藩の武士であったと、聞いていました。

 

「氏家 理為」うじいえ りい

幼稚園から、つい最近まで、氏名を尋ねられ

「うじいえりいです。」とのこたえに、

「わかりました。」と、一度で済んだためしがありません。

 

必ず2回以上、字の説明も難しい。

 

ただ、氏名を言う、自己紹介をするだけで、

神経が磨り減ること数万回、辟易としていました。

 

しかも、濁点のある、「うじ」の響きで、気を抜くと「蛆虫」のあだ名がつく。

 

極めつけは、女の子にそぐわない「為」という漢字です。

 

私は、心底、氏家理為の名前を嫌い、また命名者を恨んでもいました。

命名者は、理為の漢字に「まさい」と読むようにしたのです。

 

もう、わけがわかりません。

 

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今の主人との結婚は、

とても不思議な流れでした。

 

なにしろ、結婚の話なんてでるわけもなく(と、私は思っていた。)

その前に、突然主人は、勝手に頭金ゼロ、35年ローンの、

新築一戸建てを衝動買いしたのです。(馬鹿なの、まじで。)

 

詳しくは追って書きます。

ともあれ、これがきっかけでの結婚です。

 

して、義父に本名の件を話すと、

「そりゃーー、<まさい>に直した方がいいよ、りーちゃん。」

義母も「直した方がいいいわね、りーちゃん。」

 

ひととおり、公的なもので、ふりがなが着いているものは、

全て<まさい>に修正し、

 

はれて、苗字名前、まったく別の名前になったのです。

 

が、、、、、、

 

おおかたの予想どおり、全員私を「りい」と呼びます。

 

もう、私は、「りい」なんです、きっと。

 

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「氏家」の祖母は、幼い父を残し、23歳ぐらいで亡くなり、

後妻さんと祖父のもとで、父と父の兄は育ちました。

 

亡くなった祖母は自分で死を選んでいて、

どうしてだか、未だわからないのですが、

亡くなった祖母の位牌は、私の母に託されたのです。(次男の嫁に?)

 

その祖母の実兄が、以前新宿で接骨院をやっていて、

私が生まれ、名づけられた「理為」は、その祖母の兄の命名なのです。

 

全くもって、普通じゃありません。

 

自殺した祖母の兄が命名?

理由はもう、みんな亡くなっていて、わかりませんが。

 

そして、氏家のルーツを、祖父が亡くなる少し前にたどったらしく、

先祖が伊達藩の武士であったことがわかったそうです。

 

出身は宮城県、岩手山近く。

 

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ここで、少し、紐解けてきたかもしてませんが、

 

私は、この10年。

「うじいえりい」と全く違う名前、普通の苗字で、

名前もまあまあ普通の「まさい」

 

自分の手で子供を育てたり、幼稚園に入れば団子屋でパートしてみたり。

学校の行事にも行くし、見た目も行動も(?)普通のパート主婦でした。

 

でもね、

 

そうやって、普通に憧れ過ごして行った先に、指切断、民事裁判です。

 

捨ててはいけない名前なのかもしれないし、

やっぱり、二度三度、人生のやり直しを命じられている。(と思う。)

 

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studio FREE

氏家 うじいえ

理為りい

 

捨てた?のか、逃げた?のか、

 

きっと、

これを取り戻さないと、次のステージに昇れない。(のだろう。)

 

どういう理由かわからないけど、亡くなった祖母の魂みたいなものが、

いらいらしているのなら、墓石があったほうがいいんだろうなあ。

 

まあ、仕事もやめたし、学童もやめたし、

年内は、自分が本当に好きだったことを、

胸の中の「パンドラの箱」開けて、「りいちゃん」に聞いてみよう。

 

ちらほらと、「ワイヤークロッッシェ」と

「淡い紫色の天然石」=スーパーセブンという水晶

の作品を作り始めていました。

 

極細のシルバーワイヤー、編み物からの発展した技法ですが、

表現で目指したいのは、「蜘蛛の糸」です。

 

あみあみのキラキラ。

 

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ワープ。

 

そんな、ある日、一通の、東京個展はがき、伊達冠石作品

BORDER & SPIRAL が届いたのです。

 

 

そして、REBIRTH。

 

続く

 

注 0は、1の前でもあり、<9の次でもある>と、私は解釈しています。

<スパイラル状>に。