スタジオフリーの物語

80年代を駈け抜け30年、ようやく過去の私と向き合う

私の軌跡ー1-8

ガラパゴス-スタジオフリー<ガラスタ>

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ガラパゴス的、進化の話。

 

S学館の雑誌編集部跡に、事務所を構えた私。

最初は、エアコンなくて、、、なんて話を、1章で書きましたわあ。

 

して、

通信手段は、黒電話1台。

1台のみです、スタッフ6~7人だったかなあ?

 

軽井沢合宿のあたりの話だから。

 

黒電話、留守番機能も、保留機能も、ありません。

ただ、みんなで使うので、

長ーーーーーーーーいコードにいたしました。

10mだったかな。

 

だから、会社に電話来ると、

「はい、スタジオフリーです。、、、、、

ちょっとお待ちください。」

 

と、電話にでた誰かが、

受話器を手で押さえながら、こそこそ声で、

 

「氏家さん、N原さんから電話!」と、

電話機ごと、わたしの近くまで、

ずるずる長ーーーーーいコードだからね、

持ってきてくれるの。

 

便利でしょ?

 

でね。

黒って、なんか可愛くないからって、

Y江ちゃんがね、

打ち合わせから帰ってきた私(一応、社長)に、

 

「氏家さーーーん!ほーーーーーううら!見て見てっ!

可愛くなったでしょうううう?」

 

と、

 

営業成績ボードに貼る用の、赤青黄色の丸いステッカー。

 

黒電話にたーーーくさん貼ってくれて、

「ほうら、黄色のドット柄、可愛くなったでしょう?」

 

このころ、黒に黄色やピンクのドット柄、流行っておりましたの。

BIGIだったかなあ?スタジオVだったかなあ?

 

凄い進化でしょ?

 

最先端、黄色ドット柄の、10mコードの、黒電話!

 

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あとは、大事な大事なお仕事として、

デザインはやらない、営業チームはね、

 

ライターさんが、うんうん頭をひねって、

徹夜してくださって、

書いてくれた、200字詰の原稿用紙、うん十枚。

 

鉛筆書きの、生原稿。

 

これを、茶封筒、ボタンみたいなやつが付いてて、

タコ糸みたいなので、十字にくるくるっとやると、

べろ(ふた)が、セロテープなしで閉まる仕組みね。

 

これを、電車に乗って、ライターさんからもらって、

私たちデザイン事務所に、えっちらおっちら、手と足で運ぶの。

1~2時間くらいかけて。

 

あるとき、

その大事な封筒を、電車の網棚に置き忘れた女子がおりまして、

 

もうね、明日入稿しないと間に合わないっつー、死にそうなときに。

 

もうなくなっちゃって、大騒ぎ。

 

だって、書き直す時間ないし、

文字数数えて、割付用紙にZきって、

 

せめて、カラー写真の大きさ測って、

D日本印刷に写真のアタリ出さなきゃ、

もう印刷間に合いません状態だったから。

 

わーーーーーー!!!!

頭んなか、まっしろーーーー、ぽけーーーー。

 

したら、ライターさん、凄いの!!!

 

「大丈夫!念のために、原稿のコピーとっておいたから。」

 

 

凄いでしょ? コピー機!

原稿、複写できちゃって。

 

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ガラスタ話 続く