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スタジオフリーの物語

80年代を駈け抜け30年、ようやく過去の私と向き合う

私の軌跡ー3-9

3章 スタジオフリー崩壊までの話

フリーランス

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でかっ!

ま、いいか。

 

堂々としていたいから。

 

久しぶりの、3章。

 

お忘れかと思いますが、

G社A社長からの軋轢で、ひとり、ぽいっと放りだされ、

すごすご、ムサビ友達やら、妹やらに、愛想つかされ???

 

まあ。元旦那?のY君と、長男と暮らしておりましたところ、

 

うずうずと、仕事の虫が這い上がり、

私は、自宅に高額MACセット一式を買い込んだのでした。

 

3人家族のほんわか同居は、多分、最初の半年かな。

 

名刺フォルダーに山ほどの人脈。

 

これが、私を前に押し出し、

 

とんとんとん、、、、、と。

 

ある大手醤油会社の子会社、

 

T醤油のCIをプレゼンしてしまったのでした。

 

 

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もともと、スタジオフリーのバブル期に、

 

父親関係のリゾート、政界、芸能界、もろもろの、

お偉い方との交流は、なぜか続いており。

 

私は、その中から、とても優しく小柄な、品の良いある方に連絡をしたのです。

 

お名前からも、醤油関係の血筋、M氏。

いや事実は知りません。

 

 

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が、

 

T醤油(株)のCI=コーポレートアイデンティティを、

たったひとり、埼玉で暮らす、

フリーランスの私に託して下さったのでした。

 

親会社のH醤油の本社T葉県、社長との顔合わせ。

 

 

なにやら、和食の個室の接待を受け、

お酒好きの社長から、ぐびぐび注がれる日本酒を、

ぺろりぺろりと、たいらげてしまった私を、いたく気に入ってくれ、

 

その醤油や血筋のM氏も、ご満悦でした。

 

そして、数日後、

 

社名ロゴデザイン、社名英文ロゴデザイン、会社マーク。

名刺全員分デザインから印刷まで。

社史編纂からデザインから印刷まで。

会社案内企画デザイン、印刷まで。

商品カタログデザイン、印刷まで。

 

パッケージデザイン、全アイテム一新。

 

これが、私ひとりに託されました。

 

金額にすると、数千万円。

 

とりあえず、ロゴマークのデザイン料として、

 

300万円が振り込まれました。

 

 

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その頃、実家では、夫婦喧嘩勃発。

 

あーーーーー、もーーーーーーー、

めんどくさ。

 

 

実家には息子預けっぱなしで、

 

私は仕事に没頭しました、、、、、。

 

 

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どこで?

 

 

そ。

 

 

どこで?

 

 

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T版印刷とつながりのあった私。

 

ひとまず、印刷はT版かな?

と、思っていたら、

ロットが小さすぎると言いやがる!!!!

 

なんだとーーーーー!!!!

 

でね、

 

紹介されたの。

 

いい受け口のデザイン事務所あるからって。

 

たしかに、個人で数千万の仕事したら、

また国税に何いわれるやら。

 

でもって、飯田橋へGO!

 

B社O氏を紹介されました。

 

 

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かなり、メジャーなクライアントを持ち、

物腰やわやか、体形もふくよかな、O氏。

 

私の「氏家」の名前を気に入って?くれて、

 

「氏家さん!そんな大きな仕事、個人でやったら、

再来年の住民税すごいことになって大変だよ!」

 

「はあ。」

 

「ひとまず、うちの会社が代理店になるから、うちの名刺つくって、

会社に氏家さんのMAC持ってきなよ。」

 

「はいいっ!」

 

また、はいいって、

 

私は、翌日には、飯田橋のデザイン事務所B社の制作室に、

 

 

私専用の机と、デザインと編集スタッフがつけられたのでした。

 

 

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嵐の予感。

 

でも、嵐の怖さ、まだ知らない。

 

 

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続く