スタジオフリーの物語

80年代を駈け抜け30年、ようやく過去の私と向き合う

私の軌跡ー5-5

何故スペースが必要か

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運命の「伊達冠石」

 

2010年秋

実母が病院で突然死した。

 

それは、もちろんびっくりはしたけど、

今日はこの話ではないの。

 

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この前年の夏前くらい、

娘を45歳で産んで、旦那は17歳も下の僕ちゃんだしね。

 

前にどこかで書いたけど、

 

自分の生まれ星座のしし座8月の前後、、、、

 

なんだか、いらいらとか、

そわそわとか、、、、

 

何かを成すことを探すの。

 

この年は、特にその気持ちが強くて、

 

うんうん、呻るぐらい、もんどりかえっていた。

 

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そして、年が明けて、

 

あ!

 

気が付いた。

 

 

私、保育園落ちた日本死ね!状態だしさ。

 

ファミリーサポートは、時給700~800円払って、自分が働く意味ないし。

 

昔の私だったら、

 

「よし。ないものはつくろう!」

 

だったじゃん。

 

なんて、気が付いたの。

 

すぐに、昔の自分、戻れる自信があるかどうかの前に、

 

 

昔の私は「捨てた」んだから。

 

今、普通の「通りがかりの主婦A」だから。

 

 

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でもね、

 

なにが、そうしたのか、

 

ひとまずさ、

 

以前、大きな傷を残した最大の理由は「お金」

 

ってことはさ、

 

お金関係なければ、いいんじゃないの???

 

 

と、

 

 

NPOボランティア団体「家族園」計画を立てたの。

 

 

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預けられないから、<実母死んでるし>

預けたくないから<姑、猫殺しそうだし>

預けるにゃ高額だから<ほとんどがここ>

 

でもさ、

 

昔と違って、

70歳って若いし、元気だよな。

 

じゃあさ、

 

高齢者の一人暮らしの見守り、

保育園落ちた日本死ね的な私たち。

 

昔の向こう三軒両隣みたいな、

世話好きおばあちゃんとか、

かみなり親父とかさ、

 

孤独で、ひとり大変なお母さん(そうでないお母さんも)

 

 

「ちょっと、買い物行くから、○○みててねー。」

みたいな。

 

近所づきあいの範疇、

 

おやつ食べて、朝ごはんの残り物つまみ食い、

 

そんな、昭和なスペース作りたいな。

 

駄菓子やみたいな、、、、。

 

 

これが「家族園」

セカンドファミリーというのか、なんというか。

 

みんなが、できることをするだけ。

 

あとは、無料化するには、維持費の捻出、、、

 

 

と、なり、上尾のNPOの窓口に行って、説明受けて、

申請書もらって。

 

10人の発起人(会社でいうところの)集めて。

 

いざ!!!!

 

 

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というときに、3月11日の大震災来たの。

 

当然、生きるか死ぬか、

日本どうなっちゃうのか。

 

そんな暢気な「家族園」計画なんて、

そりゃもう、恥ずかしくて進める気さえおこらない。

 

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いまね。

 

お店、OPENしてさ、

Amazonやら、いろいろはじめよう!

 

もう、あと二週間くらいの寸前で、

 

家庭が大爆発。

 

とくに、シュウトメとは、もう修繕不可能なののしりあい。

 

だって、

 

お互い、息子を持つ親同士の戦いだもの。

 

私は嫁の立場じゃなくて、

 

向こうは37歳の僕ちゃんの母親、

私は27歳の僕ちゃんの母親。

 

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今日、こうしてブログを書く。

 

 

そう、人生の一周9年なんんだよな。

 

今年は始まる年。

 

だから、事件で試される。

 

 

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本当に、人のため、娘のため、動くのか。

 

それとも、こそこそ楽な道を選ぶのか。

 

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去年から準備してくれ、

 

伊達冠石を手でひとつひとつ彫ってくれて、

 

ようやく出来上がったスペース。

 

そうだよ、、、

 

ここで、あきらめたら、もとの9年前だ。

 

 

だから、スタジオフリー氏家理為は、進むべきだと思っている。

 

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つい、先月までは、通りがかりの主婦Aに、

 

戻ろうと思えば戻れた。

 

やっぱり、

 

無意識に、戻れないように、自分で仕掛けたんだ

 

時限爆弾。

 

だから、、、、

 

昨年の7月7日にFB旧姓で初登場。

 

約1年。

 

 

なぜ、FBって清瀬高校しかいないの?

ってくらい、高校同級生はFBで繋がっていたのを知った。

 

ただ、

 

となると、

 

最後のやつ、大爆発の予感はしていた。

 

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昨日、最後の膿を出した。

 

 

だから、もう、この道を歩くのみ、犀のように。

 

 

空(くう)は空、一切は空である<箴言>

 

 

続く