スタジオフリーの物語

80年代ホップ、90年代ステップ、2018年NOW !

私の軌跡ー2-16

高校受験

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↑ 中学2年か3年の頃。

何故か、思いっきり和室にロッキングチェア。

畳にあるもんで、

 

「揺らすなっ!畳がボロボロになるっ!」と、揺らすこと禁止を言い渡されていた。

 

揺らさずに座るのサーカス団だって嫌がるよ。

じゃ、置くなよ、買うなよ、母。

 

 

私の軌跡ー2-3

 

↑ そう。

中学3年の夏休み。

私の軌跡ー2-3、まさかの「15歳下の妹誕生」。

 

三者面談で決まっていた、憧れの74郡(群??どっちだっけ?)受験。

三鷹高校武蔵高校(たぶん、、、)。

制服着なくていいのよ、私服おっけー、めちゃ楽しみ!(たぶん、、、)

学校名うろ覚えだけども、たしか23区の学校は、そうだったと思う。

(いや、23区ではないことに気がついていないし。)

 

なにしろ、個性出すには、スカート長くするしかないって。

ナンセンス!

今、ナンセンスなんて言わないね。

この頃、ダサいって言葉あったっけ?

「だって埼玉」が「だ埼玉」「ダサい」

これさ、東京人限定で、使ってよい台詞だったよね。

ま、いいや、また脱線したよ。

 

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そ、4郡(群)行きたかったの、高校。

ぎりぎり、入れるかわかんないけど、

私立で女子美付属に推薦って、絵の師匠からありがたいことに。

だから、思い切って、偏差値64を狙う、、、ふふふ。

 

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そして、願書提出間近のある日。

 

両親から、いつものように、

 

そう、父親が海外出張から帰ってくるやいなや、

 

お決まりの説教。

 

1年近く不在なもんだから、

 

1年分説教くらうの、私。

 

「お前、女子高行かないって言ってたよな。」

「行かない高校受験してどーすんだ!」

「そんな半端な気持ちで受験するってのは、けしからん!」

「お前は、滑り止めなしで、挑戦しろ!」

 

「は?」

 

うちでは、説教時に言い訳は許されない。

なんでか知らないけど、

「でも、、」「だって、、」

と言おうもんなら、拳骨、平手打ち、飛んでくる。

 

痛いのいやだしなあああああ。

 

「仕方ない、、、親に内緒で、私服おっけーの学校あきらめよう、、、」

(制服はどこでも同じようなもんだし、ばれないだろ。)

 

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そして、、、

 

願書提出日。

 

私は、親に内緒で、願書は白紙のまま、中学校に行き、

 

「じゃあ、願書裏返しにして、席の後ろから集めて!」

と先生。

 

保谷高校って書く」

保谷高校

保谷

「ほうや」

 

頭の中でリフレインしてた。

 

後ろのやつから、肩をとんとんされ。

 

ボールペンで書いた。

 

 

 

清瀬高校

 

 

 

「え?」

 

自分でなんで書いたのか、今もよくわからない。

 

 

親には内緒で、先生と同級生には通達していて、

準備おっけーな、「保谷高校」だのに。

 

 

だのにいいいい。

 

 

仲良しの小夜子ちゃんと京子ちゃんにも、保谷高校って言ってたのにいいい。

 

 

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して。

 

 

清瀬と書いてしまった願書。

 

さすがに出せないと思った私は、

 

後ろからまわってきた提出物に入れなかった。

 

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中3のときの担任は、

 

ちょっと抜けてるっていうか、

 

おおざっぱっていうかね。

 

私の願書がないことに全く気づかず。

 

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1週間ほどした土曜日。

 

私は、ひとり勝手に、清瀬高校の事務室に行き、

 

「すいません。願書お願いします。」

 

ぽいっと。

 

「学校の先生は知っているの?」と言われたが早いか、

 

ダッシュで一目散に逃げた、走った。

 

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翌週月曜日。

 

担任から、

 

「お前、清瀬にしたのか?」

 

と聞かれただけ。

 

あーーー、適当な先生ナイス!ラッキーいいい!

 

 

 

いや、しかし、

 

制服注文で、ばれたね、親に。

 

だって、高校の制服、どこでも紺色の上下が普通でしょ?と勝手に思っていた私。

 

手にしたのは、千鳥格子のベスト、、、、。

 

ひいいいいい、ばれたあああああ。

 

私の軌跡ー2-7

 ※ちなみに、入学式。このベストは着ず、ブレザーとスカートに、柄つきソックス、白の開襟シャツで臨んで撃沈。

 

 

「お前約束やぶって、勝手に受験したのかああああ?」

「お前は人生の落伍者だああああああ!」

 

 

と、顔真っ赤にして怒りまくった父親。

 

そりゃそうだ、と思ったよ。

 

当時はね。

 

中学生だったから。

 

今50代で思うよ徒然なるままに ↓

 

赤ちゃん登場で受験勉強できない環境

しかも

滑り止めつけないで実力以上を「ファイト一発受験」させる親

 

 

うーーーーん。

 

 

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結局のところ、

 

保谷高校の人生、

74郡(群)高校の人生、

女子美の人生、

中卒で就職の人生、

清瀬高校の人生、

 

中3で、分岐点5本の道。

 

どっちしても、高校時代に、大学の「共通一次」導入されたから。

 

夢の芸大は受験すらしなかっただろうし、

もうひとつの夢、通訳。

外語大も受験しなかっただろうし。

 

何故か、私立に行かせたがらない親。

武蔵美受験をなんとかねじ伏せたのも、

「芸大」の難しさは、美術知らない親でも知ってたからね。

 

結局のところ、過去振り返って、

人生の点、点、点。

点のひとつは、美術系ってこと、変わらなかっただろうなあ。

 

 

万にひとつ。

 

私立の英文科に行かせてくれて(ってか、合格してたか???)

そしたら人生、真っ当だったんか???

 

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いやーーーー。

 

当時、世の中女子大生ブーム。

 

オールナイトフジに出たいとか、

きっと、思って、

きっと、海系のサークル入って、

きっと、ちゃらちゃら六本木うろうろしてただろうから。

 

高校受験がどこでどうなっても、

 

 

変わんねーーーなーーーーあああああ。

 

 

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つくづく、私は、馬鹿なんだと思う。 

 

 

※高校入学後、グレーの上下の制服があることも知った。くわばらくわばら。 

 

 

続く

 

 

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